年末年始の諸行事

冬境内年も残すことあと4日となりました。新年を迎える準備等でお忙しい日が続いていると思いますが、今年、無事に過ごせた御礼、そして平成24年も家族内が健康で御奉公させて頂けるように、ご家族そろって乗泉寺へお詣りさせて頂きましょう。 

31日…年末御礼お看経(渋谷午後4時~5時)

元日…元旦会 (午前0時~)

    初お看経(午前6時半~)

3日…初総講「祝杯式」(午前10時~)

    くんげ会書き初め大会(正午~) 

6日…寒参詣開始(2月4日まで)

8日…成人式(午前11時~) 

なお、初参詣や初総講には忘れずにお初穂をあげさせて頂きましょう。初灯明料、お花料、お賽銭、献花、特志等、いろいろとお初穂の志をあげることができます。


宝の山‐讃妙講一座‐

役にたつものを持っていながら利用しないことを「宝の持腐れ」という。正宗の名刀をもっても、それを使う人の腕が、未熟では、それだけの甲斐がない。人間の体ほど強いものはない。心臓は、昼夜をとわず、働きどうしである。一刻もやすまない。五十年~八十年も動き続ける。 

人間より強い機械、精密な機械は、今後も恐らく発明されないだろう。それほど、強い人間でも、また一面きわめて、弱く、もろい一面をもっている。一寸、故障がおこったりすると、すぐ気がめいってしまう。医者や薬にたよりはじめると、全くだらしのないほど弱くなる。どんな名医でも、本人のよくなろうという力がなければ、病を治すことはできない。 

むしろ「名医ほど、その人のもつ生命力を上手に抽出してくれる」しかし病人は、自分の力が病気を治すのだと気付かず、むしろ、医者や薬が治してくれるのだと思いこんでいるのである。自分の生命力が、宝の山だと知らないのは、実にかなしむべき人間の弱さである。人間に生まれながら、仏道修行をわすれて、目先の楽しみに、一生をすごすことは、宝の山に入りながら、手を空しくして、帰るにひとしいと、正法念経にとかれている。 

現世と、来るべき将来、二世にわたって、安心して生を楽しむことのできる方法がある。さらにいうなれば、過ぎ去ったあとの借金返しまでする秘法がある。それが妙講一座という一本にあますことなく説かれている。 

世界中の宝典を一本にすることが可能だとするなら、私は第一に、妙講一座をあげる。これを実行すれば、いたずらに他に宝をもとめる必要がない。もっと深く、妙講一座を身に読むべきである。 

昭和51年2月 乗泉寺通信より


ご信心は何にもまして大きな財産

宗外の方にとって、「信心」というと、なにか自分には全く関係ないことと感じられるかと思います。自分自身も三十二歳で結婚して、母親がお戒壇を持ってくるまで、縁が少ない世界でした。従って、宗外の方の気持ちも良くわかります。

しかし、入信して二十七年経つ今では、亡き母が残してくれたこの仏立宗のご信心は、何にもまして大きな財産だと強く感じています。毎朝、起きれば顔を洗いますが、心はいつ洗いますか?ご信者は、朝のご宝前への挨拶で心を整え、お寺への参詣とご法門の聴聞で心を洗い、新たな気持ちで日々を過ごします。

お導師の「平凡は非凡」の言葉に励まされ、ありがたいと感謝できる自分を確認できます。振り返るとご信者になってのしばらくは、まだまだ欲望・自力という鏡の中に閉じ込められた自分であったという気がします。

第一の転機は、四十四歳の時にありました。勤務していた、石油化学系の会社は、景気の波の乱高下のまっただ中にあり、川崎工場の技術部門にいた私は上司より、六名のチームのリーダーとして二名の部下の配置転換の指示を受け、内示をしたものの、その後人事部門からの正式な通達がなく、職場の人間関係が良くない中での超多忙な日々でした。

四月に甲のお講を受けたとき、御導師より、「Iさん、おすがりするのですよ」と当方が何も言わないのに、小声で諭されました。当時の自分の考えは、仕事は男の世界であり、人事を含めて自分でどうにかするという考えでいたものの、何も好転せず、もやもやの中で自分の負担ばかりが増える日々でした。その結果、体調を崩して、結局自分自身が本社勤務として転出することになりました。お罰を受けましたが、一方でそれは良い転機となり、出勤時に渋谷のお寺にも寄りやすくなったのです。また通勤も(少しですが)近くなりました。

それ以後いくつかのご利益を頂き、お講師や先輩のご信者の指導を受けて、信心が深まりました。義理の父のすい臓が悪くなり、黄疸症状も出て危ないといわれたときも、妻はお寺のお供水を渋谷から群馬の太田まで運び、義理の父も元気を取り戻しました。また次男の高校入試でも、十四回も青年会メンバーがお助行に来てくれて、無事目標の高校に入学できました。ふつつかながら現在青年会のご奉公をするようになりました。

渋谷の乗泉寺は、都会のオアシスとして、宗外の方も疲れた心を癒す場所として訪れてほしいものです。微力ながら、今度とも、先輩のご信者さんへの恩返しができる信者を目指して、一歩でも前に進んでいきたいなと思っています。(A.I)

御教歌      宮つ子が 神のみまへの朝ぎよめ 口唱は心の 掃除也けり


青年会・本山御礼参詣をさせて頂いて

青年会佛立寺参詣今年も無事に、本山御礼参詣をさせて頂くことができました。初日(10日)は夕方の新幹線で京都に向かい、到着後みんなで食事をとりました。ちょうど皆既月食の日で、赤くなってる月を見ることも出来ました。 

2日目は、朝6時半にホテルを出発し、本山宥清寺で開門参詣をさせて頂きました。京都の朝は一段と寒く感じましたが、身の引き締まる思いで気持ちの良い御看経が上がり、御法門を聴聞させて頂きました。

そしてお昼前に、滋賀県大津市の佛立寺さんへお参詣させて頂きました。佛立寺さんは本山宥清寺よりも歴史が古く、開導聖人所縁のお寺だそうです。赤を基調とした本堂はとても立派でインパクトがありました。 

この日は、くんげ会行事の餅つきが行われるということで、私達も一緒になって参加させて頂き、つきたてのお餅をご馳走になり、とてもおいしかったです。私たちの事を暖かく迎えて頂いた、佛立寺の皆さまには本当に随喜の次第でした。

御礼参詣の2日間、久しぶりに青年会のみんなと、ゆっくり話が出来たことも嬉しく思いました。この一年あっという間で、忙しく過ぎてしまいましたが、青年会での御奉公や自分自信のご信心でも、いろんなことがありました。改めて振り返ってみて、ありがたく思い、これからもより一層ご信心、御奉公に気張らせて頂きたいと思いました。 

青年会 A.U


恒例 青年会・本山宥清寺参詣

本山参詣ありがとうございます。12月10、11日に、今年も青年会で本山御礼参詣へ行って参りました。 

1日目夕方組、夜組とわかれ京都に向かい、夜から佛立専門学校で勉強されている乗泉寺の御講師方と交流させて頂きました。

 

2日目は、まず最初に本山の朝参詣へ行きました。一年間、御奉公成就の御礼など各自の御礼を言上して頂きました。 

佛立寺参詣次に、今回はスペシャルでみんなで大津佛立寺へお参詣し、くんげ会の餅つきに参加させてもらいました。佛立寺の皆様には大変お世話になりました。

そして最後は、琵琶湖の周辺を散策しました。晴れていて気持ちよく、リフレッシュできました。

 

ちょうど月食の見える夜から冷え込む二日間でしたが、年末の恒例行事の思い出の一つとなりました。

これからも、機会があれば交流したいと思いました。 

青年会 K.Y


さしがね‐折伏の基準‐

大工用の物指しを『さしがね』という。建築関係の仕事をはじめ、一般に物指しは、角方面で使われる必需品である。 

乗泉寺では、教務員の受持区域は毎年交替であるから、信者にとっては、毎年新しい教務員を先生として信行御奉公させて頂くわけで、従って、同じ事に対しても教務員によって、若干教え方がちがう場合もある。信者にとってはどちらの教えによるべきか、その判断に迷う場合もあるらしいが、大体はその年の教務のやり方に随っているという。 

元来、教務員といえども、凡夫であるから、個人差もあるし、受け方の相違もある。しかし、基本的には、仏の教えを、「さしがね」即ち、定規として指導しているのである。人を見る角度が、それぞれ違いがあるので、その人に対する接し方にも若干の相違があってもやむをえないと思う。 

信者が、相互に折伏する場合にもその人の立場や、考え方のちがいがあって、なかなか、完全に一致することは、まれといってよい。しかし、「折伏の基準」はあくまでも、御教歌とか御指南とかを、頂いて、その土俵の中で話し合って、相互に戒め合い、注意することが肝心である。 

現代は、正に、言論結社や評論の過剰な時代といってよい。実にさまざまな考え方がある。一億総評論家の観を呈しているといってよい。少々、自分の方に弱点があっても、俺の方が正しいぞと言い張る人が多いので全く、困ったものだ。 

それだけ、争いごとや、議論ごとが多くて、実に煩わしいことが多い。こんな時代であるからこそ、仏の教えを、『さしがね』とし、『折伏の基準』とすることが大切であろう。私情や我見では、相互の折伏などは、とてもうまくいくものではない。烏滸(おこ)のさたである。 

昭和47年2月 乗泉寺通信より


私と本門佛立宗との出会い

私と妻とは、結婚してはや足掛け四十三年にもなりました。この長い年月一家を構えている中には当然俗に云う山や谷が何度も現れ、それを乗り越えなければならない状況が多くありました。 

私と本門佛立宗との御出会いは、妻の実家に初めて訪問した時、立派な御戒壇上の真っ黒な御尊像を目にして驚き、その所以を妻や義父母に訊ねた時からでした。 

私の生まれ育った家は他宗で、実母以外は毎日仏壇に手を合わせる習慣もほとんどなく、私自身もそういう環境の中で、宗教に対する関心もうすい日々を送ってまいりました。当初は妻の実家での熱心なお看経が理解できず、何となく今までの環境に大違いの為か、にわかには入って行けない様な感じをもっていました。 

しかしながら長男が生まれた頃から、熱心な妻の説明で家庭の中心になる強い物の考え方、正しい生活態度、先祖への敬い等々、妻が佛立宗に対して熱心に全力で打ち込んでいる姿勢が、この宗教に何かこの家に良い事をもたらしてくれるものと確信できる迄に至っておりました。 

私自身二十四年前に、交通事故の被害者になった状況から見ております。普通では助からない中、命を失う事もなく、後遺症に悩む事もない日々を送れるのも、以前の私でしたら、ただの偶然、運が良かったとだけで終ってしまうのを、妻を始めとする厚い信仰のおかげを感謝し今ではできるだけ、朝晩二回のお看経に一家一族の安泰と元気にいつまでもお看経が続けられますよう願っております。ありがとうございます。(S.S)

御教歌      今迄は物ぐさかりしお唱へも いそぎたのしむ身とぞなりぬる


夜のお講のお知らせ

夜時計泉寺では昨年より、お寺(渋谷)に於いて夜のお講を奉修させていただいております。

今月の夜のお講は併修=青年会定例口唱会。17日(土)の19時より、講堂1階ロビー(おしゃべりサロン)において奉修されます。 

このお講の目的は、日頃仕事や学校などで、日中のお講参詣が出来にくい方のために、お講参詣の場を作り、御法門聴聞の機会を増やすことにあります。  

今月は本年度最後の夜のお講になります。まだ一度もお参詣に来られていない方は是非みなさんお誘いのうえ、沢山のお参詣者お待ちしております。 

なお、夜のお講奉修に関わる御奉公等は、全て教務部で御奉公させていただきます。また、このお講に対しての布施・供養の準備は必要ありません。


油断大敵

注意を怠り、気をゆるすことを油断という。油断の対象によっては、生命を失うことにもなる。今度は注意しようと自省して、却って好結果を招く場合もある。だから油断大敵ということの背景には、いろいろの問題がある。 

封建時代の武士が、相手を軽視したり、油断をしていると『たとひ鉄の甲冑を着、鉄杖乱力の剣を帯びたりとも油断をして、いねむり寝る大敵をば、如何なる童も是をほろぼすといへり』と可笑記にのべてある如く、子供にも容易に、敵を打亡ぼすことができる。 

生れ落ちて以来、医者の世話になったことなしと豪語する頑健なものでも、過信することは危険である。暴飲暴食すると、内蔵に過重な負担が、加わるので、突然、生命を失うことになりかねぬ。これは正しく、健康管理に注意を怠る油断である。無常にたいする認識が足りないことを思いしるべきであろう。 

涅槃経には、次のような話がある。王様がある家来に、油の一杯入れてある鉢を持ってこいと命令しました。その時、抜刀した男を後から随行させ、もし一滴でも、こぼしたら、即座に命を断つべしと厳命したのです。こういう状況におかれたら、どんな人でも心を最高度に緊張させ、油断をしないでしょう。油をこぼすことは、即座に、命を断つことに通じているからです。ところが、普段、われわれのおかれている状況は、そんな張りつめた非常な環境ではないので、つい油断したり、怠ったりしてしまう。 

然し、実際は、何時臨終とわかっていないのであるから、本質的には涅槃経に説かれた如く、油を持った男がわれわれであり、そのうしろには、抜刀して、一滴ををも見のがさじと看視している男があるのと同じだと思い知るべきでしょう。 

御教歌      何どきが しれぬもの故 信行の    人が油断を せぬもよき哉 

昭和47年4月 乗泉寺通信より


財の功徳を積んでのご利益

ありがたいことに、私共の子供三人は三人とも、それぞれが無事に御本尊を奉安出来ております。昨年は京都本山において平成の大改修が行われ、大屋根の瓦葺き替えの御有志を募っておりましたので、またとない機会と子供たちにも勧めてみました。みな素直に喜んでさせて頂いたお陰で、以下のお計らいを頂戴することが出来ました。 

①長女。その年に念願のマンションを購入することが出来ました。孫も自分の部屋が出来て大喜びです。 

②長男。結婚2年目にして、今はやりの太陽光発電エコを取り入れ、オール電化のマイホームを新築することが出来ました。御本尊・御尊像を護持させて頂いておりますので、仏間には御法様専用の水屋も出来、大変随喜いたしております。2月には受持お講師より、お礼の御講を務めていただきました。これはお嫁さんの内助の功も勿論ですが、何よりも御法様から頂いた大きな大きなご利益です。 

③そして次男も、私の家の2階の事務所が開きましたので、3月より改修工事を始め、今年新居に移ることが出来ました。 

思いがけず三人が三人とも、新居に住めるというお計らいを頂くことが出来たのでした。これもみな、財の功徳を積ませていただいたことによる御利益であると随喜させていただいております。ありがとうございました。(Y.T) 

御教歌      出したれば損と思ふを仏法を さかさまにきく耳といふなり