夏期参詣体験談 ②

私は昨年、二度も入退院を繰り返しました。一度目は、6月に「ヘルニア腸閉そく」で緊急入院することになり、医師からは、「脱腸で腸がからんで最悪の場合、腸を切る状態になっている」との診断を受けました。

しかし、お計らいをいただき、担当の医師から「無事に腸を切らずに済みましたよ」とのことで一週間で無事退院することができました。

 そして二度目は、その一ヵ月後の7月で、血尿が4,5日続いて出ることが2週間ほど続きましたので、専門医に診てもらうことになりました。すると、医師から腫瘍があると言われ、8月下旬に「膀胱ガン」の診察を受け、すぐ入院となりました。

 9月11日に内視鏡手術があり、全身麻痺をされ、無事にガンを全て取り除くことができました。手術前から、受持ちの内田照肇師にお助行をしていただき、また御講席の度ごとにご祈願をしていただきました。

手術当日にはお講師並びに大田西、大森、玉川連合の皆様にお助行をいただきました。本当にありがとうございました。 手術後一週間で退院ができ、10月頃には御奉公に復帰させていただく事ができました。

おかげさまで、現在は病気も順調に回復しており、お寺の堅信会ならびに渋谷駅前清掃ボランティアの御奉公をさせていただいております。

 この度の度重なる病気で、自分で健康に気をつけなければならないと改良させていただき、タバコもやめることができました。 これからも、身体に気をつけて、お寺や御講参詣、御奉公に気張らさせていただきたいと思います。 (K. K.)


7月17日御総講の御法門

7月17日御総講にて、川口御導師の御法門を聴聞させていただきました。

御教歌「歌にして教へておけばいつまでも 御法門をばわすれざりけり」
御題「これは歌の徳を歌にしたる也」

歌の徳を歌にしたるとは、歌の良い所、持ち味を歌にするという意味です。

御教歌は、約3千余首あると言われていますが、開導聖人は意識的に3千余りの御教歌をお詠みになられた訳ではありません。

御教歌の他に御教句というものがあり、御教歌は、五・七・五・七・七の文字数で成り立つのに対して、御教句は、五・七・五で成り立ちます。御教句は、約二百句あると言われており、開導聖人の御教歌、御教句、それから御指南などは、後世の方々が信心を増進させたり、ご弘通の方法を示す為に残されたものでございます。

開導聖人は、御教歌をお講席の前に予め作っておられたり、その御講席の、場の雰囲気に合わせて、御教歌をお作りになられたのでございます。

御教歌の中には、矛盾しているように思えるお歌もあります。極端な言い方ですと、「ご供養をいっぱい出しなさい」という御教歌と「ご供養は程ほどにしてお講を奉修しなさい」といった御教歌もございます。開導聖人は、その人それぞれの信心前に合わせて、御教歌をお詠みになられたのです。

後世の信者の為に御教歌をお残し下されたのですから、私たち信者は、この三千余首ある御教歌を一首でも多く覚えるために御法門聴聞を心がけることが大切とお示し下された御法門でした。


納涼祭出店一覧表

来る8月9日、世田谷別院に於いて毎年恒例の納涼祭が開催されます。
かねてよりご披露させていただいておりますが、今回は納涼祭で出店していただく色んなお店の一覧表を掲載させていただきます。関東近郊にお住まいの皆さん、どなたでも気軽に遊びに来てください。(クリックすると大きくしてみられます。)

 

出店一覧3出店一覧4

 

 

 

 

 

 

 

 


子どもお会式直前情報

インドネシアの小さな島を旅している時、スペイン人の男性と知りあった。日本人だということを伝えると、「僕はBONSAI が好きだ」という。それは何だとくわしく聞いてみると、「植物をミニチュアに育てる日本の伝統だろ?」と不思議そうな顔をしている。

まさか「盆栽」を趣味にしている外人がいるとは思わなかった。日本にうまれ育ちながらも、日本の文化にふれることは以外とすくない。スペイン人から盆栽の魅力について説明をうけ、自分の無知をはずかしく思った。

グローバルな時代だから世界全体のことを考えるのは大事だろうが、自国の文化をほりさげることも同じように大事だといえる。一昔前、日本の女性は若いころから茶道などの芸道をたしなんできた。

文化人の美意識を学びうけとり、無駄のない美しい動き、つつしみ深いココロ、内面と外面におよんで自分を磨いてきた。日本の伝統的な文化にふれ、自分のルーツと向きあうことで、日本人としての誇りや自信をもてるのだと思う。

「百聞は一見しかず」ともいう。日本人のセンサイな感性によって研ぎすまされてきた芸術を、「文化の道」コーナーでちょっと経験してもらいたい。自分の目でみて耳できいて鼻でかいで、六感をフル活用して、いざ体験!

下の広告は当日の参詣者にお配りするパンフレットです。新座別院青年会のS.Yさんが作ってくれました!色んな才能をお持ちの方がいてくださるのも、乗泉寺の有り難いところです。今年の子どもお会式もみんなで盛り上げていきましょう!

子どもお会式チラシ

 


6月28日の御法門

平成26年6月28日(土)
晨朝勤行でU.S師の御法門を聴聞させていただきました。  

御教歌 : 福の神 来て下されと たのもより  貧乏がみの いぬ工夫せよ

私たちはつい御利益のみを欲しいと望んでしまいがち。その前に、どうすれば御利益を頂戴できる身となれるのか、その心構えの大切をお示しの御教歌。

労せずに御利益をいただきたい、その考え自体が已に欲にまみれた考え。大切なことは、御利益感得のみを目指すのではなく、その障りとなる罪障を消滅させていただこうとすることが信心修行の第一。

日常の信行ご奉公においては、「これだけをしていればいい」というかたよった信行におちいらないようにすることが大切。やりたいことだけやっているだけではダメ。

入信後、なにもせずに御利益をいただけるという教えは無い。毎日の信行ご奉公に励み、しっかりと功徳を積ませていただいた結果、信心前が誤っていない証拠として現証の御利益が顕れる。

逆に、罪障ばかりが積もってしまうと、お戒めとして御罰が顕れる。罪障とは、法を謗り、法に逆らった罪。身に覚えがあっても無くても、罪障は必ず積んでしまっている。罪障がある限り、御利益感得からは遠ざかってしまう。

日頃お唱えさせていただく無始已来の御文は、過去世から積み重ねてきた罪障を消滅させていただく為に、いつか仏の身となれる日まで御題目様をけして離さず、懺悔改良し常精進努力いたしますというお誓いの言葉。

お金が欲しくても、稼いでも、借金があれば貯金ができないのであり、借金は積みやすく、貯金はしづらい。功徳と罪障の関係と同じ。

福の神(御利益)が欲しいと思ったら、まず貧乏神(罪障)に立ち去ってもらえるような日常信行を心がけることが大切。

御指南「罪障も借財も同じ。消滅せざれば助かる期なし」

感想:日常信行の大切さ、その積み重ねこそが罪障消滅につながり、自分の過去世の足りない功徳を積ませていただける。 (O.N)


夏期参詣報告

夏期参詣も半ばを過ぎました。暑い日が続いておりますが、沢山の御奉公者の支えをいただき、連日お参詣者でにぎわっております。

夏期参詣の御奉公の一つに、御供養わたしがあります。早朝から御供養のパンを用意して、その御供養をお参詣者にお配りしていただいております。御奉公者が、お参詣される方々に笑顔で挨拶をしてパンを配っている姿は、夏期参詣の期間中ならではの光景です。

また、夏期参詣の名物として、渋谷駅前から乗泉寺間を直通のシャトルバスが運行されております。そちらの方も青年会をはじめ、多くの方々に、朝早くから御奉公いただいております。

その他にも、夏期参詣では多くの方々が御奉公されており、お参詣の統計を取ってもらったり、お参詣の将引にお気張りをいただいております。

夏期参詣も、あと残りわずかです。暑い最中ではありますが、お互いに励まし合って、お寺に一日でも多く足を運ばせましょう。

 

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夏期参詣体験談

ありがとうございます。この半年間、長女との関係が上手くいかず、こちらが近づこうとすると、意味も分からずに避けられ、どんどんと距離を置かれ、音信不通のような状態になってしまいました。

悩みに悩んだのですが解決策は見当たらず、このままずっと修復することが出来ないのかしらと辛い日々が続いておりました。

「この先一体どうなってしまうのかしら?いや、そのうちに何とかなるハズ!でも、こんな悩みは誰にも言えない!」

そう思っていた時に、婦人会御講のお席で御講師から、人間関係や家族間の問題は、相手のお塔婆をあげること、先祖のご回向や関係有縁無縁のご回向をすることの大切さを折りにふれて教えて頂きました。

私は何をするべきか、思い切って御講師にご相談をさせて頂きました。五月十六日のことです。御講師からのお言葉は、「お塔婆、ご回向は勿論ですが、まずは朝参詣を頑張りましょう!」でした。

しかし、私自身、朝早い出勤日もあり、思いがけない朝参詣のお話に「はい!」と二つ返事をすることが出来ず、「取り敢えずは、何とか一週間の目標で頑張らせて下さい。」と答えるのがやっとでした。

翌日より朝参詣を始め、娘の関係有縁無縁のお塔婆を一週間続けて建てることに致しました。

そして、丁度その一週間後です。考えてもいなかったことが起こりました。「お母さん、お姉ちゃんから連絡が来たよ!」何と長女から次女のパソコンへ連絡があったのです。残念ながら私への直接の連絡ではありませんでしたが、幸せな瞬間でした。

そして、朝参詣を始めて丁度約束の一週間目に連絡があったことは、「このまま怠らず、引き続き朝参詣をさせて頂きなさい!」というご法様からのお導きとお折伏であると感じました。当初は必死でしたが、朝参詣に励み、本堂で御看経をしていると、日常の様々な場面で御法様より守って頂いているという安堵感を実感することが出来るようになりました。

朝参詣やご回向を通して、長女の気持ちが次第に変化していったことは、本当に不思議な御利益ですが、お寺で御法門を聴聞させて頂く機会が増えたことで、自分のご信心のこと家族のことを真摯に振り返る時間が出来たことによって、何よりも私自身の気持ちを大きく変えて頂いたように思います。

まだまだ紆余曲折はありますが、今では以前のように長女とメールのやり取りが出来るまでになりました。長女とまた笑顔で話せる日が来ることを信じて私の朝参詣は続きます。

御講師に勧められるまでは、仕事の忙しさ、家族の食事の準備など、私には朝参詣は無理と決め付けていました。しかし、行くことを決意すれば、朝参詣を実行出来ることを体験しました。

また、一日のスタートが早いと時間を有効に仕事にも使うことが出来ることが分かり、朝参詣一週間の目標から現在八週目に突入致しました。

そして、もう一つ朝参詣を始めて、長女の変化を目の当たりにした主人が、今月のお会式団参へ「僕も行ってみようかな?」と言い出したのです。

いつもは私がしつこく誘わなければ動かない主人が、自分から言い出したことに、「御法様からご褒美を頂いた!」と私は嬉しさで一杯になりました。

こんな有り難い御利益を頂けたこと、御法様へ心より感謝を申し上げます。今後も精一杯朝参詣を頑張らせて頂きます。ありがとうございました。(Y.T)