Gohomon words

30. Nyosetsushugyosho

  Nichiren Shonin’s Nyosetsushugyosho unveils the correct way of practicing during this Mappo period. According to the Nyosetsushugyosho, facing difficulties and troubles, people in this Mappo period should repeatedly chant and propagate the Odaimoku entrusted to the Jyogyo Bodhisattva. Thanks to the merits, we can willingly visit the Tranquil Light Land for chanting at our death.

  日蓮聖人の如説修行抄には、この末法時代の正しい修行方法が記されています。如説修行抄には、たとえ困難に直面しても、末法時代においては上行所伝の御題目を繰り返しお唱えし、また弘める事の大事が説かれています。その修行の功徳によって、私達は臨終の夕べにおいて寂光浄土参拝をさせていただけるのです。

*1. Nyosetsushugyosho: 如説修行抄

*2. Jyogyo Bodhisattva: 上行菩薩

*3. Tranquil Light Land: 寂光浄土 

尚、上記には私見が含まれています。


Gohomon words

29. ignorance

  We need to have our own opinions in this modern society. But it is necessary to eliminate our selfish opinions impeding our faith in practicing, or we’ll lose important chances for accumulating the merits and receiving the manifested benefits. Thus, Honmon Butsuryu Shu emphasizes “ignorance”, which means we must honestly practice based on Gohomons.

  現代社会においては、自分の考えを持つ事が求められています。ところが、ご信心に自分考えを挟む事は禁物です。私達がさせていただくご信心に自分考えを挟めば、功徳を積み、現証御利益を感得させていただく大切な機会を失う事になります。当宗においては「無智」になる事、すなわち、御法門で聴聞させていただいた通り、素直正直に御奉公をさせていただく事が肝心です。

*1. ignorance: 無智・自分考えを捨てる事

*2. selfish opinion: 自分考え

尚、上記には私見が含まれています。


Gohomon words

28. Okosui and Okyuji

  We never fail to offer water to the Gohozen before chanting the Odaimoku every morning. Water having been offered to the Gohozen is called “Okosui”, which contains huge merits of the Odaimoku. Therefore, more benefits such as recovery from illnesses can be received by chanting and reverently drinking the Okosui containing the Buddha’s wisdom and mercy. Only chanting the Odaimoku is not our practice. In addition to offering water, candle light, incense sticks and food, cleaning the Gohozen by using dusters, cloths and mops is also our important practice for improved faith.

 毎朝、私達は必ず御宝前にお水をお供えしてから、御題目をお唱えします。御宝前にお供えしたお水を“お供水”と呼んでいます。お供水には御題目の大きな功徳が含まれています。御題目をお唱えし、仏さまのお智恵と御慈悲の籠ったお供水をいただく事で、当病平癒などより多くの御利益を感得させていただけます。御題目口唱だけが私達の修業ではありません。お水、お灯、お線香、食べ物をお供えしたり、おはたき、お布巾、モップを使って御宝前のお掃除をさせていただく事もまた信心増進の為の大切な修行です。 

*1. Okosui: お供水 

*2. Okyuji: お給仕 

*3. faith: 信心

尚、上記には私見が含まれています。


Gohomon words

27. wooden clappers and Japanese drum

  In this Josenji temple, Japanese drums are used so that the practitioners can chant the Odaimoku while keeping the rhythms. Besides, wooden clappers and xylophones are required for chanting as well.

 乗泉寺では、ご信者が息を揃えながら御題目をお唱え出来る様、太鼓を叩きます。また、拍子木や木琴も御題目口唱の際に必要となります。

*1. wooden clappers: 拍子木

*2. Japanese drum: 太鼓、法鼓

尚、上記には私見が含まれています。


文句を言うとき

人間誰しも文句を言う時は、自分の実態を冷静に見ることが出来ないものです。私も学生時代に成績が悪かったりしますと、自分の不勉強を棚に上げて「出題範囲に無い問題を出した」などと親や教師に文句や言い訳をしたものです。

かといって違う教科のテストの成績がよかったりしますと、その先生に感謝をしたり、どちらかというと自らの力を誇らしげに思ったりしたものです。

私たちは、都合がよければいまの環境を喜び、不都合なことが起きれば不満を募らせる所があるようです。

通勤や通学に便利な道を作ったとしても、スピードを出しすぎて事故でも起こしたら、こんな道、誰が作ったんだとの思いがよぎってしまう。とてもよい医者、薬に巡り会っても、その医師に従わず、それでいて病気が悪くなったら、医者や病院のせいにしてしまう。

教えにおいても、いくらよいものがあっても、その教え通りに進んでいないで、いいことがないというものです。

る程度の恩恵を受けているはずなのに、不都合なことが起きるとその恩恵を忘れて、他を責めてしまうのです。そういう心も正直な所ですが、不都合な時が起きたときに、すこし時間をおいて自らを省みることが大切ではないでしょうか。

私は文句を言いたい時、言ってしまった時、第一に御題目をお唱えする時間を作るようにと先輩から教わり、その通りにさせてもらうと

なんだか心がすっきりして、自らの行いを自然に顧みることが出来ると感じております。

高祖大士御妙判
人路をつくる、路に迷う者あり、作る者の罪となるべしや。良医薬を病人にあたう、病人嫌いて服せずして死せば良医の失となるか。

御教歌
信行を わがをこたりて 法花経に 妙はあらじと そしるなよ人


Gohomon words

26. persecution in Tatsunokuchi

  Yoritsuna Taira took Nichiren Shonin criticizing other religious sects as well as the Kamakura government to an execution chamber in Tatsunokuchi, Kanagawa prefecture on September 12, 1271. Though Yoritsuna Taira’s subordinate swung up his sword for beheading Nichiren Shonin there, Nichiren Shonin was saved from the execution by a mysterious shining object having emerged in the direction of Enoshima Island.

  1271年9月12日、日蓮聖人は、鎌倉幕府や他宗を批判したとして、平頼綱により龍ノ口の刑場(神奈川県)に連行されました。刑場にて頼綱の家来が日蓮聖人の首を切り落とそうと刀を振り上げた時、江ノ島の方角に現れ出た不思議な光り物が日蓮聖人の斬首を阻止されたのです。

*1. persecution in Tatsunokuchi: 龍ノ口の御法難

*2. Yoritsuna Taira: 平頼綱(北条氏得宗家の御内人)

尚、上記には私見が含まれています。


Gohomon words

25. Nichiren Shonin’s statue

 Nichiren Shonin overcame a lot of persecutions by the Kamakura government, propagating the Odaimoku for people in this Mappo period. The Buddha’s true teachings wouldn’t have been spread in Japan without Nichiren Shonin. Therefore, Honmon Butsuryu Shu reverently enshrines the statue of Nichiren Shonin in front of the Gohonzon. Nichiren Shonin’s statue is also enshrined in some practitioners’ houses.

  日蓮聖人は、鎌倉幕府による数多くの御法難を乗り越え、末法の人々の為に命懸けで御題目の御弘通に努められました。今日私達が仏さまの真実のみ教えを頂けるのは日蓮聖人のお陰なのです。ですから、本門佛立宗では、御本尊の前にお敬いの気持ちを込めて御尊像(日蓮聖人の像)をお祀りしています。また、自宅に御尊像をお祀りしているご信者もいます。

*1. persecution: 御法難

*2. Nichiren Shonin’s statue: 御尊像(日蓮聖人の像)

尚、上記には私見が含まれています。


彼岸入り

本日は春の彼岸入りです。この時期には、お墓参りをなされる方が多く見受けられ、ご先祖や有縁の方々を思いやるお姿は、とても尊く暖かいものを感じます。

しかしながら、そうした供養がはたして本当に亡き諸精霊に届いているかということも考える必要がありそうです。

日蓮聖人は「今末法に入りぬれば余経も法華経も詮なし。但南無妙法蓮華経なるべし」とお示しで、仏様が御入滅なされてから二千年以上経過した、いま末法という時代においての御回向は、上行所伝の御題目の御経力によってさせていただくことが大事とお教えです。

仏教では魂は永遠に生き続けるといいますが、私たちの誰もが諸霊魂に生き続けてほしいと願っているものです。そして、亡き諸精霊に私たちの思いを届けたい、亡くなった方の苦しみを取り除いてあげたい、それがご回向の精神であるならば、諸精霊のもとへ、間違いなく届くものである方がよいに決まっています。

開導聖人御在世当時に次にような霊験談が示されております。ご信者の春木作の枕元に、知り合いの虎という女性の霊が枕元に立ったといいます。虎の四十九日の忌日の夜のことでした。虎は作に向かって、息子が呼んだお寺の御経で回向してもらったとたん、真暗闇につき落とされた。なにとぞ御題目でご回向してもらいたい、と切に願うのでした。

翌朝、作は虎の息子の留吉の元へ走り、昨夜のことを話すと、留吉の枕元にも三度立ったけれども、どうにもできず、なおざりにしていたとのこと。即入信し、御題目でご回向させていただくと、その夜、留吉の枕元に立ったのは笑顔で礼を言う母の姿だった。という霊験談でございます。

先祖を思いやる心があればいい、御経を読んでもらえばそれでいい、と考えがちですが同じ回向の志があっても回向の方法がちがえば、そこには天と地ほどの力の差というものがあるのです。

病を治していただく場合でもそうですが、こちら側の勝手な判断で病を克服することはできません。やはり医師の指導に従う方がいいわけですし、また正しい医療を求める方がよいはずです。

まことの回向とはなんたるかをお互いに見つめ直させていただきましょう。


どんな時でもあきらめず

Sさんは今年93歳になられますが、お寺参詣を楽しみにされ、木曜日の午後には自主的に教化成就のための祈願口唱を、本堂で一時間なさいます。

また帰りには霊堂のお掃除をされ、ご自宅の御宝前のお給仕も欠かすことがなく、八十代のご家内とともに、ご夫婦でご信心に励まれています。

そんなSさんですが、昨年九月に腎盂炎を患い、また十一月には肺炎と診断され、高齢でもあることから医師には「親戚を集めて最後のお別れをするように」と宣告されました。

しかしその月に予定していたご自宅での甲お講を何としても奉修したいとの思いから、病室の棚の引き出しに懐中御本尊をお伴し、ベットの上でお看経に励まれたのです。

そうしましたら、入院一週間目には真っ白になっていた肺がもとどおりになり、甲御講もご家内や部内のご信者の協力を得て、見事に努めることが出来ました。

またSさんはこのほかにも還付金詐欺の被害から身を逃れるなど、多くのご利益をいただかれました。日頃ご法門で聴聞する通り、教化の願いを前面に出し、どんな時でも前向きにあきらめないSさんのご信心前が身を結んだものと感得いたしました。

私たちは少し具合が悪くなると、すぐ「もうここまでだ」と自分を抑えてしまう悪い癖があります。しかしどんな状況でも御利益がいただけるよう、仏様がのこしてくださったのが上行所伝の御題目なのですから、今以上に丁寧にまた明るい気持ちでお看経に励もうと、改めて思いました。


Gohomon words

24. Ojyogyo

  The Buddhism preaches “four sufferings and eight pains”. We’re doomed to face four sufferings of birth, aging, illness and death. Ojyogyo is chanting the Odaimoku to help people suffering. For instance, the Ojyogyo has cured a lot of people of their intractable diseases our modern medical science can’t deal with.

 仏教には「四苦八苦」が説かれており、私達は、生・老・病・死の四つの苦しみから逃れる事は出来ません。お助行は悩み苦しむ人々を救う為に、御題目を口唱する事です。例えば、現代医学ではどうする事も出来ない難病を抱える多くの人がお助行によって救われています。

*1. Ojyogyo: お助行

*2. four sufferings and eight pains: 四苦八苦

*3. birth, aging, illness and death: 生・老・病・死

尚、上記には私見が含まれています。


Gohomon words

23. Oko

  We regularly chant the Odaimoku and listen to a Gohomon with other practitioners at home (Oko). The Oko is also called “a training hall for spreading the Odaimoku”. Conversations about benefits, practices and more are exchanged after the Oko. In addition to chanting in this temple, the Oko is also important for brushing up our minds and accumulating merits.

  「御講」と言って、定期的に私達はご信者宅にて御題目をお唱えし、御法門を聴聞させていただいています。御講は別名「御弘通の道場」とも呼ばれ、御講の終了後には、御利益、信心修行などについて話し合います。お寺参詣に加え、御講参詣もまた、心を磨き、功徳を積む為の大切な機会です。

*1. Oko: 御講

尚、上記には私見が含まれています。


Gohomon words

22. united in minds, while separated in bodies

  We can’t receive manifested benefits through practicing alone. Being different from each other, we can solidly be united and support each other. Needless to say, cooperativeness among the practitioners is indispensable. In this Josenji temple, all of us are daily chanting the Odaimoku for accumulating the merits together.

  一人信心では現証御利益の感得は適いません。身体は異なれど、私達はしっかり心を一つにして支え合う事が出来るのです。ご信者同士の協調性が大切なのは言うまでもありません。乗泉寺では、皆が功徳を積ませていただける様、供に御題目をお唱えしています。

*1. united in minds, while separated in bodies: 異体同心

尚、上記には私見が含まれています。


Gohomon words

21. correspondence between the Buddha and our minds

  Chanting the Odaimoku whole-heartedly is of great importance for realizing the correspondence between the Buddha and our minds and receiving many manifested benefits. However, if we’re chanting the Odaimoku absent-mindedly or chanting while sleeping, the benefits will naturally be minimized. The Buddha is seeing into our minds all the time.

  真剣に御題目口唱に励む事が大切で、真剣な御題目口唱によって仏さまと私達の心とが感応道交し、数多くの現証御利益をいただく事が出来ます。しかしながら、居眠りやいい加減な口唱では、当然ながら御利益の感得は適いません。仏さまは常に私達の心の中を御照覧なのです。

*1. correspondence between the Buddha and our minds: 感応道交

*2. manifested benefit: 現証御利益

尚、上記には私見が含まれています。


Gohomon words

20. saha world

  A place we’re living is called “saha world”, which is full of conflicts. In this saha world, we’re living our lives as if walking in the darkness. “The future is a closed book”. However, chanting the Odaimoku illuminates the darkness, ensuring protections by the guardian kings of heaven both night and day.

 私達が住んでいるこの場所は「娑婆世界」と呼ばれ、争い事や危険が絶えません。この娑婆世界における私達の人生は、先の見えない闇の中を手探りで進む様なものです。まさに一寸先は闇の世界です。ところが、御題目をお唱えすれば、その御経力によって闇は照らし出され、昼夜を問わず諸天の御守りをいただく事が出来るのです。

*1. saha world: 娑婆世界、私達が住んでいるこの世界

*2. guardian kings of heaven: 諸天善神

尚、上記には私見が含まれています。


際の日

御教歌
きはの日は うちをお寺へ ぬけまいり
娑婆の金にて ゆるされもせず

先日、寒参詣で御法門を説かせていただいたのですが、自身にとって耳が痛い御教歌でした。大まかに現代語訳すると、際の日、つまり年末などの決算期の「忙しい時期」でも、家を抜け出してお寺へ参詣する人がいる、お寺参詣の功徳というものは世間のお金では許されはしないのだから、という意味となります。

自身にも大いに刺さる御教歌で、年末年始や行事で色々忙しい時期、お看経の時間が少なくなってしまっている時がありました。そんな時にこの御教歌を勉強するご縁をいただき、自身への折伏も含めての拝読になったと思います。

「忙しいからしょうがない」「時間が出来たときに頑張る」そう言ってお看経を後回しにしては、それはつまり御法様を後回しにしていること、これではご信心をしているとは言えず、御利益を頂けるはずもありません。


忙しいとき、大変な時こそ本日の御教歌を思い出して、お計らいがいただけるようにお看経に励まなければと気づかされました。