京都本山参詣にて

私たち夫婦は、平成21年12月27日から一泊二日で京都本山(宥清寺)へのお参詣と旅行を楽しみにしていました。ところが23日朝、ギックリ腰を再発。以前より腰痛やギックリ腰の治療を続けてきましたが、今回は祝日のため安静を保ち翌日から治療を始めました。 

京都出発の27日朝、歩けるようになっていたので荷物を最小限にし、キャリーバックを杖代わりに出発しました。新幹線での移動等に不安もありましたが無事京都駅に着きました。観光客で賑わいをみせる地下街へと移動しましたが、突然倒れんばかりの強烈な激痛が腰を襲いました。もう一歩も歩くこともできず、カタツムリの様に近くのベンチまで移動するのがやっとでした。 

私も妻も旅行中止、もしくは京都で入院と覚悟したほどでした。その後、数時間を近くの喫茶店で過ごし宿泊する新都ホテルまでゆっくりと移動、チェックインまでロビーの椅子で休みましたが痛みが強く、心の中でお題目を唱えていました。部屋に案内されるなりベッドに横になり痛さが和らぐのを待ちつつ安静にしていましたが、不安な気持ちでいっぱいでした。午後三時を過ぎた頃、少し動けるようになりました。私は今から宥清寺へ行く、と妻に話しました。実はこの時妻も本山参詣ができますように、と強く念じていたとのこと。 

妻の肩を借り、ゆっくりと痛さに堪えつつタクシーに乗り行き先を告げると、宥清寺には何度も客を運んでいるとのこと。佛立宗の事を話している間に到着、ギックリ腰を気遣い境内で下車。私は数十年の時を感じつつ、新しく葺き替えられた本堂の大屋根や境内を眺めました。大屋根が夕日を受けキラキラと眩しく輝いていました。その本堂から夕方のお看経が大きく響いてきます。早く…早く…と招いているようでした。急ぎ(ゆっくりしか歩けませんが)本堂へと上がり、前列中央へ着座した時、再び激痛が襲いました。 

すぐ目の前に御本尊と御尊像が、本堂内には大きな声で口唱する若い教務さんと私たちの後方末席で拍子木を打つ信者さんだけ・・私たちもさらに大きな声でお題目を口唱し始めました。しばらくするともう一人の若い教務さんが太鼓を叩き始めました。本堂の中で一瞬、御本尊様以外何も見えず何も聞こえなくなったように感じました。

もう夢中でお題目を大きな声で唱えていました(私たちだけでなく本堂の隅々まで大勢の参詣者が唱和しているように感じました)お看経が終わり静寂になった時、隣の妻が「こんなに気持ちよく唱和できて感動した」と、私は一緒に唱和した教務さんが御信者さんにお礼を述べ、私も「すごく良いお看経で気持ちよかったね」と静かに立ち上がりました。・・・なんと驚いた事に腰の痛みがなくなっていたのです。普通に歩けるようになりました!私たちは御宝前に何度もお礼を述べ本堂を出ました。外はすっかり暗くなり冷たい空気も気持ちよく爽やかな感じで深呼吸しました。現証御利益・・・。 

なんとその時偶然にも紫色の衣で正装された御講有上人とお付きのお講師が目の前に。たった今頂いた腰の事をお話した所、にこにこと頷き、暖かな笑顔で「良かったですね」とおっしゃって下さり感激しました。妻はスタスタと歩く私の様子に感激し喜んでくれました。翌日再びお礼のお参詣をし、古都京都を楽しみました。 

その後、心配していたギックリ腰は嘘のように影をひそめ、寒参詣も無事皆参できました。健康で元気にお題目口唱が出来る喜びを教えていただいたのだと思います。ありがとうございました。(S.K)

御教歌      御利益の あまりふしぎの うれしさに うそではないかと うたがはれけり


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