忘れられぬ御利益の感動

先日私の家で婦人会御講がありました。私は足の悪い母を助けて、御講の準備の裏方をしておりました。その時連合長が、夏期参詣に御利益談を発表するので、何かよい御利益談はないでしょうか、と言われました。私は、大分前のことですがと言って、次のようなお話をさせて頂きました。 

それは、私が九十九パーセント癌だと、お医者様に言われた時のことです。乳癌で幾つかのしこりが出来ておりました。その日から母は必死で御宝前にお看経をあげ始めました。私は一日おきに通院し検査が始まりました。それは痛くて苦しかったことを覚えております。その通院の合間に乗泉寺にお参りして、お供水頂いて帰りました。当時はまだペットボトルが無く一升瓶を持ってお寺に通いました。必死だったので、一升瓶のお供水を一度も重たいと思いませんでした。 

そんなある日、その一升瓶を渋谷の駅で、落としてしまいました。その時不思議なことが起りました。落としたはずの一升瓶が割れずにボールのように跳ね返ってきました。思わず手でつかまえました。一瞬何が起こったのか判らず、茫然としましたが、現証御利益を頂いた事に気付き感動致しました。 

いつの間にかしこりが消え大事に至りませんでした。検査の為に切った後は今も残っておりますが、当時の事を思い出して有り難さで一杯です。それから十数年になりますが再発もなく、年老いた両親をみながら元気にお務めも出来、私の仕事の休みの日に御講席を頂いて、席主の母を助けております。(I.m) 

御教歌 御利益をいたゞいてみて法花経の 妙なることを思ひしりにけり 

(日晨上人)現証のご利益を頂くことで、不思議なものだということが分かり、凡夫理屈にとらわれていては不可と、いうことも分かる。ご利益をまず見せて頂くよう、謗法を払い口唱に励め、そして妙を体験せよ。

平成15年 日慶上人御三回忌記念誌 信行体験談集「涌出」より


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