よい事をしても

懺悔(さんげ)とは、自分の罪を自覚し、それを悔い改める行いのことです。ですから、自分自身の過ちに気づくことが懺悔の大前提になるのですが、しかし、自分では悪いと思っていなくても懺悔することが大事と御信心では教わります。

とかく私達は、自分ほど正しい人間はいないと思っているもので、さらに、自分がよいことをしたと思っていると、ますます我見というものが強くなってしまうものです。

そして、何か人に言われようものなら、怒りの心を露わにして他ばかりを責めたり、自分は間違っていないと変に頑固になってしまう所があるものです。

よかれと思ってやったことを、相手から否定されるとつい頭にきてしまいますよね。それでは、なんだか勿体ない気がするのです。

そこで良いことをしたと思っても、自分を褒め称える気持ちの裏側に、もしかしたら、自分の思い上がりだったかも、とか、相手にとっては迷惑だったかもとのお懺悔の心も用意しておくと、変に嫌な気分だけにはならないものです。

〽よい事をして懺悔をばしたるかな 今は心にくるしみもなし


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