佛立宗と私

私は、幸運にもお題目口唱が聞こえる家に生まれる事が出来ました。赤ん坊の頃からお寺参詣やお講参詣に連れて行かれ、お講師やご信者の皆さんに声を掛けて頂くのがとても嬉しかったのを覚えています。 

小学生の頃から青年会に入りたかったのですが、中学生にならなくては駄目といわれ、早く大きくなりたいと思っていました。青年会お講や野外お講はとても楽しい交流の場であり、教務さんとご信心についてあつい討論をしたことを懐かしく思い出します。 

今は亡き主人との出会いも、青年会でした。結婚、出産とあっという間でした。順風満帆の様に思えますが、実は色々とありました。その中でも常に、御法様によい解決方法が見つかります様にとお願いしました。どうして次から次へと試練が押し寄せてくるのかと嘆いた事もありました。 

姑には、「あなたの罪障よ」と云われ愕然とした事もありました。まぁ、しかし時が経つにつれて、御法門を聴聞させて頂くと、自分の過去世からの因縁と諦めて覚悟を決める事にしました。世の中、自分一人では何もできません。三十六歳にして未亡人、二人の子供を抱えて生きて行くのは大変でした。親や周囲の人に支えられ、進学、将来の展望、就職、結婚、出産と乗り越え何とかここまでたどり着けました。そして、両親を見送り次から次へと息つく暇もありませんでした。 

こんな中でも、御法様との対話はいつも大切にしていました。嘆いたり悲しんだり、喜んだり期待したり、その時々に私の人生で後悔の無い様に御法様に相談して乗り越えてきました。残すところどの位か予想もつきませんが、この身を御法様にお任せし、ご信心、ご奉公、仕事、介護と、自分らしく生きていこうと思います。 

色々な分野や世界がありますが、私の一番大切なご信心を離さず、信行ご奉公に励んで行く所存です。どんな苦難が押し寄せようと、御題目口唱が第一と痛感している今日この頃です。(N.T) 

御教歌      信行を  わが一生の  おもひ出と よろこぶ人ぞ  信者成ける

 

 

 


念願だった姉のお教化

昨年、夏期参詣中に念願のお教化成就をさせていただきました。毎年毎年お教化させていただきたい、と思っておりました。思うばかりで下種さえも出来ませんでした。しかし実家の母の後を姉に法灯相続をして欲しいと、ずーっと思っておりました。 

母親はとても元気でずっと何年も先の事と考えていました。それでも一年に一度か二度、姉に「ご信心してね」と、遠慮しながら話をしておりました。でも良い反応がありません。それが昨年の夏期参詣中に母の所属教区の編成換えの話が出てきました。あ!と思ったのです。これは私が母も兄も世話をする事になるかもしれないと思ったのです。それならば姉を教化しよう!すぐに受持お講師、教区長にご相談しました。そして様々なアドバイスを頂いて姉の所へ行きました。 

「ご信心して欲しい」

「先の事と思っていたけれど私と一緒にご信心して欲しい」

素直な心でお教化を勧めました。姉は少し黙っていましたが、「わかった、良いよ」また「いつかは信心と思っていた」とも言ってくれて、気持ちよく入信の運びとなりました 

今度京都のお寺に行こうね、と約束しました。所属する清瀬一部の方には親、兄姉とお世話になる事になりました。お教化は苦手!お教化は私には無理!と、だらしの無い私が今回なぜ「お教化をしよう!」と思い一歩が踏み出せたのか不思議です。きっとお祖師様が背中を押して下さったのだと思います。これからも素直な気持ちでご奉公に励みたいと思います(K.U) 

御教歌      折伏を  する人ならば  吾祖師の 乗うつります  御弟子也けり


忘れられぬ御利益の感動

先日私の家で婦人会御講がありました。私は足の悪い母を助けて、御講の準備の裏方をしておりました。その時連合長が、夏期参詣に御利益談を発表するので、何かよい御利益談はないでしょうか、と言われました。私は、大分前のことですがと言って、次のようなお話をさせて頂きました。 

それは、私が九十九パーセント癌だと、お医者様に言われた時のことです。乳癌で幾つかのしこりが出来ておりました。その日から母は必死で御宝前にお看経をあげ始めました。私は一日おきに通院し検査が始まりました。それは痛くて苦しかったことを覚えております。その通院の合間に乗泉寺にお参りして、お供水頂いて帰りました。当時はまだペットボトルが無く一升瓶を持ってお寺に通いました。必死だったので、一升瓶のお供水を一度も重たいと思いませんでした。 

そんなある日、その一升瓶を渋谷の駅で、落としてしまいました。その時不思議なことが起りました。落としたはずの一升瓶が割れずにボールのように跳ね返ってきました。思わず手でつかまえました。一瞬何が起こったのか判らず、茫然としましたが、現証御利益を頂いた事に気付き感動致しました。 

いつの間にかしこりが消え大事に至りませんでした。検査の為に切った後は今も残っておりますが、当時の事を思い出して有り難さで一杯です。それから十数年になりますが再発もなく、年老いた両親をみながら元気にお務めも出来、私の仕事の休みの日に御講席を頂いて、席主の母を助けております。(I.m) 

御教歌 御利益をいたゞいてみて法花経の 妙なることを思ひしりにけり 

(日晨上人)現証のご利益を頂くことで、不思議なものだということが分かり、凡夫理屈にとらわれていては不可と、いうことも分かる。ご利益をまず見せて頂くよう、謗法を払い口唱に励め、そして妙を体験せよ。

平成15年 日慶上人御三回忌記念誌 信行体験談集「涌出」より


おさんけい

こどもわたしは、おかあさん、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃん、そのほかのかぞくと、おさんけいをしています。 

わたしは、生まれた時のはつまいりをはじめ、七五三などおいわいの時はもちろん、おぼんや、おひがんのおはかまいりもかかしません。かんさんけい、かきさんけいもがんばっていくようにしています。そのりゆうはぶじ大人になるためや、およめにちゃんといけるようにです。 

わたしのひいおばあちゃんは、ごしんじんを続けているので、百才までわたしはいきれると思います。わたしは、ごしんじんのおかげで、けがもなく、元気に8才までこれたと思います。

これからもがんばっておさんけいしたいと思います。

平成21年 信行体験談集「涌出」より


あ、追突・大難が小難の御利益

ありがとうございます。

私は、会社へは車で通勤しています。昨年、勤めの帰りに中川の土手で、赤信号で信号待ちをしていました。明日は、甲お講の前助行で、明後日は甲お講を受けさせて頂きますので、帰り道にお花屋さんに寄りお花を買い、スーパーでの買い物等と考えていました。

瞬間的にバックミラーを見ると、後ろの車が私の車に突っ込んできた、と思ったら凄い音がして、私の車は前の車に追突しました。一瞬何が起こったのか解かりませんでした。

甲お講のお席を受けられなくなったらどうしようかと考えながら車を降りると、追突した車の運転手が降りてきて、怪我は有りませんでしたかと聞かれて、初めて事故の恐ろしさに気がつき、自分の体はどこも痛みが無く良かった、甲お講が受けられると一番に思いました。

落着いて警察に連絡し、私の車を見るとビックリ、前も後ろも全損に近い状況でした。前の車のお方も怪我が無いようで安心致しました。警察の方も調書を取り、私の車を見て、病院で検査をして貰った方が良いと言われましたが、不思議に何処も痛みが無かったのです。

夜、御法様に、大難が小難で済んだ事の御礼の御看経をさせて頂きました。翌日、代車が用意出来ましたので、買い物も出来お講の準備も済ませる事が出来ました。事故の後、後遺症も無く、前助行と甲お講当日も、小春日和で暖かく、体調も良くお席を無事に受けさせて頂く事が出来ました。

後日、車のディラーのお方が会社へ来られて、車の修理代が、約八十万以上かかったそうです。営業のお方も、怪我が無く後遺症も無く不思議ですねと驚いていました。二十四時間、御法様が私達を見守って下さるのが身に染みて感じました。御題目をお唱えさせて頂ける事が、こんなにありがたいことと改めて思いました。後遺症も無く、健在で皆様方と一緒にご奉公させて頂いています。合掌

平成22年 御利益談集「涌出」より


夫の病気で改めて日々の信行御奉公の有り難さを感得

今年一月末に、夫が脳梗塞で倒れ一ヶ月入院。三月に退院致しました。私はお寺の御奉公が気になりながら、夫の病気でお参詣も出来ず、家の御宝前で夫の病気回復と私の御奉公復帰のお看経を毎日させて頂いておりました。反面、夫の病気を理由に御奉公出来ないのも少し気になっておりました。しかし、毎日家にいることでどんどんストレスが溜まり、身体の調子もおかしくなって、私自身横になっている事が多くなりました。

そんな時、次女が、「御奉公で家を空けるときは、お父さん一人でいても御法様が守って下さるから大丈夫よ」と言いました。長女も、私が出掛ける日は留守番に来て協力してくれました。久しぶりにお寺にお参詣すると心が洗われるように気持良く、いろんな方々とお話し出来て嬉しくなりました。今までお寺参詣は当たり前だと思っておりましたが、お寺の土を踏む度に今ではとても新鮮に感じます。

きっとご信者さんでもあまりお参詣されない方は、お寺参詣には特別な思いがあるのではと実感致しました。五月のリレー参詣も折角七人の枠があるのだからと思い、一軒一軒あまりお参詣しないお宅にお伺いして、名前を入れて頂きました。中には息子さんやお孫さんと一緒にお参詣された方もおられました。

夫もリハビリで回復に向かっております。入浴サービスのヘルパーさんもびっくりしております。この度のことで御奉公の大切さと御利益に随喜致しました。

妙法にあひぬる上は御奉公 これより外にたのしみはなし

平成22年 御利益談集「涌出」より


開導会での御利益談発表②

ありがとうございます。

本日、開導会第四座において発表される予定の体験談を、以下に紹介致します。

「ご信心をさせて頂いて」

ありがとうございます。私は、祖母の葬儀を契機に入信をした母親の勧めもあり、平成17年に入信致しました。今年でまだ6年目の信者ですが、入信当初は、彿立宗で使われている言葉の全てが分からない状態でした。

その中でも特によく分からなかったのが、お寺でよく耳にする「ありがとうございます。」という挨拶です。最初は、「一体、何がありがとうなんだろう。」と全く分かりませんでしたが、ご信心が徐々に深まるにつれ、この「ありがとうございます。」という謙虚で素直な姿勢により、本当に数々のお計らいを頂戴出来るのだと実感しております。

川口御導師は、常々「人生は、上り坂、下り坂まさかの連続」だと仰せです。自分が待ち望んでいたこと、もしくは、自分にとって何か良いことが起きて、それを「お計らい」、「御利益」と呼ぶことは簡単かもしれません。しかしながら、本当の意味でそあ人の真価が問われるのは、非常に困難な事態が起きた時、それでもなお、その現実を素直に受け止め、自分にとって前向きな価値や意味を見出して行くことではないかと思います。

私も入信以来、非常に困難で苦しい決断を迫られたことが何度かありました。人は、人生の下り坂・まさかの出来事に直面をすると、本当に辛く、ややもすると、愚痴を吐いたり、誰かを責め立てたくもなります。しかし、そんな出来事に直面をした時であっても、不平や不満を言わず、「これも自分にとって必ず意味があることなのだ。」と真筆に受け止め、どんな時でも、素直に御法様にお任せをするご信者としての在り方こそ、ご信心の本当の価値を分からせて頂くことが出来るのではないかと思いました。

入信してから6年が経ち、私自身もようやく自分の周りの人々にご信心をお勧めするようになりました。確かに今は、本当に小さなステップかも知れません。例えば友達との待ち合わせ場所として立地条件の良い乗泉寺を選んだり、知人との会話の中で「自分はお寺に行っているけれど、」と付け足すだけで終わることも数多くあります。ただ、こうした数多くの積み重ねの中で、少しずつ気付かせて頂けることがありました。

自分がこのご信心を本当に大切だと思うのであれば、その想いをどうにかして周りの人に伝えていこうと思うのは当たり前だと思います。そして、人に自分の想いを伝える為には、ただ単に自己完結型の熱い思いあれば、良いというものではなく、先ずは、その言動に一貫性がないと、他人からの信頼は得られないでしょう。

また、私の話を本当に聴いて欲しいと思うのであれば、先ずはその人の言葉を全て受け入れ、寄り添う優しさも必要です。そのような意味で、御題目を大切な人にお伝えする御弘通御奉公は、巡り巡って自分自身を高めて行くことにも繋がるように思います。

今後も、様々なことに直面すると思いますが、ご信心を通して、自分自身を磨き、又ご信心によって一人でも多くの方の悩みや不安に耳を傾けて行けるようにもなりたいと思います。(A.T)


開導会での御利益談発表

本日、開導会第一座において御利益談が発表されましたので、内容を以下に紹介致します。

ありがとうございます。
5月12日に他家に嫁いだ長女をお教化させていただきました。ご奉安をさせていただいた時、大変な感動を覚え随喜の念でいっぱいになりました。

私は佛立信者3代目で、長女は安楽産福子の腹帯御本尊をいただき、御法さまにお護りいただいて育ちました。そんな長女でしたので結婚し独立したら、直ちにご本尊さまを奉安出来るものと考えておりましたが、そう簡単には行かなかったのです。

長女は、平成13年9月に結婚をし、お正月家に来たときにご奉安の話を致しました処、良い返事がもらえませんでした。その後、お会式参詣等を勧めましても、信心の話を致しますと気まずく避けるようになっていったのです。妻とも話し合い、暫く時間をおくようにしました。その間、私は部内の御許席やお寺参詣、更には信徒教養講座等に妻と二人で出席したりしておりました。夏期参詣・寒参詣も皆参し、風邪も引かなくなり健康のお計らいもいただいておりました。

そして、今年からお寺の総務局のお役もいただきご奉公させていただいております。娘は2人の子育ての中で、この4月から仕事に復帰しました。5月7日、私たちはお寺でのお教化成就の為の口唱会に参詣した帰り、久しぶりに孫の顔を見たくて娘の家に寄りました。ところが、娘が非常に疲れているようで様子が変でした。何気なく「この家も御法様をお迎えして、お護りいただくと良いのになあ・・・」と申しますと、また、お寺の話かと最初は反発していたのですが、娘が突然「お父さん、今入信書持っている?」と言うのです。その後、一気に悩んでいること、職場復帰で多忙の上に、孫たちが異常な状態になっていること。自分の力だけでは、どうすることも出来なくなっていることを、涙を浮かべて話すのです。ストレスから物を買っても買っても直ぐ欲しくなる。何をやっても心が満たされない等、心の内を明かしてくれました。

私たちは直ちに家に戻り、その日の内に入信書を届けました。奉安の日、娘が勤めておりますので部屋の鍵を預かり、先に妻と準備に伺いました処、何と婿が風邪で会社を早退し寝ていたので大変ビックリしました。そこで、ベットで休んでいる婿に声をかけ、この度のご奉安のお話をさせていただきました。孫や娘の為に許可してほしいとお願いしますと、婿から「はい」という二つ返事をいただけたのです。

気になっていたことが、お講師をお迎えする前に苦肉にも成就出来て、日頃のご奉公とお題目口唱のお陰で、御法様が肩を押していただけたのだと確信しました。娘や孫たちを見ると、前のように皆明るく元気を取り戻してくれましたので、本当に良かったと心から喜んでいます。

ありがとうございました。(K.S) 

以上が体験談の内容です。
御会式では、各座ごとに御利益談がご披露されます。ぜひ、御利益をいただかれた方の生の声を聞きに、乗泉寺の御会式にお参り下さい。


主人の会社の倒産と再就職

ありがとうございます。主人が御宝前のお給仕・お看経・お寺参詣をする様になって、下の息子は、仕事に行く前に御宝前にご挨拶してから出勤する様になり、家族が信心第一になった事が何よりの御利益です。

主人は信心に反対こそしませんでしたが、一年に数回しかいない状態でした。主人の会社が不況の中平成二十年夏に倒産し、債権者の事や従業員の事など色々と考えて眠れない日々が続き、責任=死とまでも考えていた様子が伺えました。その時私は「お題目をお唱えすると良いですよ」と言いましたが、最初はあまり受け入れられないような様子で、お講師に相談いたしましたらお助行をして下さり、祥月の時債権者のご回向をして差し上げると良いとおっしゃって下さり、ブロックの信者さんや部内の信者さんがお助行して下さる頃には、主人の心も少し解けて素直な気持ちになった様な気がします。

主人も毎日家で、いても立ってもいられなかったのでしょう、家事や御宝前のお給仕、お看経を毎日丁寧にしておりました。再就職も決まらず、年齢も高いので今迄やってきた仕事に固持、自負している為に中々踏ん切りがつかない状態が続きましたが、もう選んではいられないと感じたのでしょう、何社か受けに行きましたが、中々決まらず最終的に職種の違うタクシー会社に電話をしたのですが、「二種免許を持っていないと無理です」と言われました。

ところが二月末頃に、ブロックの方たちや部長さんのAさんがお助行に来て下さり、その時タクシー会社のお話をした所、Aさんが僕の会社に聞いてあげるよと言って下さり、Aさんがその場で会社に電話して下さって、では面接をという事になり順調に三月三日入社、福島に行って二種免許の合宿・試験・都内を走るには地理試験もあり無我夢中で勉強に励んでおりました。お金に余裕がないので一度で終ってくれたらと願い続け、本当に頑張ってくれて全部一回で取得する事が出来ました。感謝です。仕事始めの頃Aさんがお寺参詣の大事さを教えて下さる為、車で出勤日の時に連れて行ってくださいました。

今では会社の出勤日には、必ず仕事の途中ですがお寺参詣をする様になり、月初めの御祈願は私でお礼は主人と少ないながらも精一杯させて頂いております。今迄助けて下さった御信者さん、金銭的・精神的に助けていただいた主人の母、私の姉、兄、姪達に感謝しております。 

とても辛く苦しく悲しい事もありましたが、家族が元気で、また御信心をさせていただいているお陰で考え方、思い方が良い方に感じられた事が何よりの幸福です。ありがとうございました。(T.O) 

信行を大事とすればおまもりの ありて現世も無病息災

平成22年 御利益談集「涌出」より


門祖会での御利益談発表②

ありがとうございます。

昨日に引き続き、乗泉寺門祖会第3座で発表された体験談を紹介いたします。

 「入信三年間を振り返って」

私は昨年八月に正宗徒になりました。三年の間に頂いたご利益と、感動した事を聞いて下さい。

教化親から入信の話をされる前に、「渋谷のお寺さんにお弁当を食べに行かない」と誘われました。これが、後に知った高祖会だったのです。お寺に着いてビックリしたのですが、長男が勤めているホテルからとても近く、その乗泉寺さんが息子のホテルを利用されていると後で聞いて、これも何かのご縁であり、お導きであって、長男も守られているというように、その時思えたのです。

それから本堂の中に入り、沢山の方々が南無妙法蓮華経と唱えているのを、ただ手を合わせて見ている内に、一瞬にして周りが真っ白になって、南無妙法蓮華経の大合唱が聞こえなくなり、気がつくと御法様と向き合って心穏やかに癒されていく私がいたのです。とても不思議な体験でした。それで入信の決心をさせて頂きました。

その頃、私には悩みがありました。それは、長男夫婦が結婚十年目にして離婚の危機にあったのです。嫁は一人っ子で、自分の親とも私達とも上手く行かず、長男さえ良ければ離婚も仕方ないと諦めていたところ、我慢の限界を超えた長男が突然帰ってきました。私達も心穏やかとはいかず、悩み苦しみました。しかし、三人の孫の事を思うと簡単には別れなさいとも言えず、長男を信じて任せる事にして、私に出来る事は、ただ御宝前に向かい南無妙法蓮華経と唱える事だと思いました。

夏期参詣皆参、団参、高祖会、お講と色々御奉公をさせて頂いている内に、十ヶ月の月日が流れていきました。やがて冷静に話し合って、長男も無事に家族の元に帰る事が出来たのです。それから一年半後に、自分の家を持つ事ができ、四人目の子供に恵まれました。そして、私達夫婦と嫁との意思疎通も取れ、今は長女の受験の為に皆で応援しています。これも、御法様を素直に信じる事で頂けたご利益と思っています。ありがとうございました。

また、昨年の六月二日、仕事帰りの主人が疲れた上に考え事をしていて赤信号を見落とし、バイクでタクシーとぶつかり、事故を起こしてしまいました。警察からの連絡で、急ぎ駆けつけました。既に救急車が来ていて、主人はそのの中にいました。足を骨折していますからと言われ、直ぐに救急病院に運ばれたのです。

病院の先生の一言も、「骨折していますね」でした。急ぎ検査をしようと、別の部屋へ連れて行かれました。一人になり、主人の体の事もさる事ながら、明日からのお店はどうしようと、目の前が真っ暗になってしまいました。その時次男が駆けつけてくれて、「母さん大丈夫か」の一声で目が覚めました。そうだ、御法様におすがりしようと心の中で口唱を続けました。程なく先生が見えて、「大丈夫。骨折していません。脳波も異常ありません。ただ、左足にヘッドライトの破片が刺さっていたので、五針ほど縫っておきました。タクシーとぶつかってこの程度で済んだのは奇跡ですよ。」とおっしゃいました。

「ありがとうございます。」と頭を下げながら、「またお守りして頂いたんだ。大難が小難で済んだのだ。」と涙があふれました。今は主人も元気になり、十月にはお店も無事に三十周年を迎えることが出来、沢山のお客様のおかげと感謝しています。

まだまだ未熟ではありますが、これからも御法様を信じて前向きに生きたいと頑張っている毎日です。ありがとうございました。(H.T)