寒参詣 信行体験談 「教化二戸成就」

弘通年度の始まりに成塚さんがプール仲間の松尾さんをお教化されました。御会式などもお誘いし、7の日のご奉公当番にも入信前より御奉公され、私たちも顔なじみで挨拶も交わしていました。

成塚さんの人柄で部内の方々にもお当番、御講参詣にはそれぞれの家まで車でお迎えをし、長年苦労をいとわずにされた御奉公に対して授かった御経かと随喜いたします。松尾さんは御供養のご奉公が一番楽しいと話されています。

あと1戸は昨年6月30日に内山さんが84歳で帰寂され、息子さんが信行相続されました。内山さんは奥様を10年ほど前に亡くされ、その後は身体が続く限り御参詣、御奉公されていました。奥様が腎不全で透析中の7年間、家事を切り盛りされました。

お寺の御奉公、団参も楽しく、本山も参詣が叶いました。いつも奥様の写真と「いつもかあちゃんが側にいる」と言っていました。その間、糖尿病の持病があり、高血糖や低血糖で意識がなくなったり、お寺参詣も昼と夜を間違えたり、その都度お計らいをいただかれました。

直腸がんの手術を受けられたあともデイケアに通われ、血糖のコントロールも診てもらっていました。年2回ほどの御講も、病状が進むと眠っていることも多く、御題目に包まれているようでした。御奉公中のこんなお話を聞いたことがあります。

部内の腸の手術をされた方のお助行に伺った時、状態が明らかに良くない方に「俺の御題目はとても効き目があるので良くなるよ」と自信を持って励まされたこと、また亡くなる直前の二人の息子さんを前に「これからは二人で仲良く暮らして行くんだよ」と言い切ったことなど、本当に人に対するやさしさがないと、とても出てくる言葉ではないと一緒に御奉公させていただき良かったと思い出されます。人を助ける菩薩の御奉公に少しでも近づきたいと思います。

そしてそのやさしさを受け継いだ息子さんを部内のみんなで育成御奉公させていただき、内山さんの御回向をさせていただきます。内山さん、ありがとうございました。

佐原


娘が素直に受けてくれた初御講

これは去る11月8日(日)、高祖会の第3座で発表された御利益談です。

昨年末、次年の部内の乙御講席を決める時、娘に「来年11月に乙御講席、受けてくれないかな?」と聞いてみると、思いがけず、すぐに「いいよ!」という返事が返ってきました。娘は青年会の御講を受けさせていただいていましたが、乙御講は初めてでしたので、なんというかなと思いながら問いかけたので、ホッとしたと同時に大変うれしく思いました。今年に入って4月ごろのことです。6月に予定したお席が受けていただけなくなってしまったので、娘に事情を話して、11月ではなくて、6月にお席を受けてくれる?ときくと、また二つ返事で「いつでもいいよ」といってくれました。ただ娘の家はアパートで、一か月ほど前に引っ越したばかりなので、お席はわが家を使わせてほしいと相談されました。そこで、受持御講師にお願いしてわが家を使うことを了承していただきました。しかし、せっかく娘が素直に御講席をいただくことになったのに、このままではもったいないと思い、御講の前に娘の家に御講師と役中さんにお助行をしていただくことになりました。御講の3日ほど前に、娘から「乙御講の準備ってどうしたらいいの?」と聞かれ、母を交えて相談していると、父が見たこともない財布を持って入ってきて「片付けをしていたYちゃんから預かっていた財布が出てきたよ」といって手に持った財布を娘に渡しました。娘は見たことがない財布だと言いましたが、父は、これはYちゃんからずいぶん前に預かったといって置いていきました。みんなで中を確認すると3万円弱のお金が入っていました。若い夫婦で、引っ越したばかりであまり余裕もなかったようですが、何も言わずに素直に御講席をいただく娘に、御法様が手をさしのべてくださったのだな、と思いました。娘もお計らいだねといってとても喜んでいました。当日は、青年会のお友達や従妹もお参詣に来てくれて、0歳から90歳まで計13名のお参詣をいただきました。娘ががんばって作ったカレーはとてもおいしく、お講師もおかわりをしてくださいました。初信のころの素直な気持ちを忘れてはいけないと改めて思うできごとでした。

 


高祖会体験談①

高祖会第一日目の信行体験談を掲載させていただきます。

以下本文

今年、ご信心を相続きせていただきました。

私は生まれる前から母のおなかの中で御題目を聞き、お線香のにおいを嗅いで育ってきました。

新座別院ができるときに、母親が泊まり込みで御奉公していたこともあり、反杭してお寺参詣しなかった時期もありますが、気がつけば、青年会、あゆみ会を経て、いまでは新座別院にて部長の御奉公をきせていただいています。

今回の『信行相続書』を書くに当たり、「なぜ今さら?」という気持ちもありました。ですが、原稿を書いていて思いました。両親はご信心を引き継いでくれて安心しています。「これで自分たちのあとも供養してもらえる」と。

いまは娘が部長の御奉公をお受けしていても、この先自分たちがいなくなったら相続してくれる保証はない、と心のどこかで思っていたようです。

両親を安心させられたことは親孝行にもなったのかな?とも思います。また、自分白身でも改めて『信行相続書』に記入すると、自分は信者なんだ、生涯御法様をお持ちするんだという自覚が起きてきました。

いまにしてみれば記入してよかったと思います。

いつかは信心をするからといって、まだ信行相続をされていない方々へ、親御さんを安心させる意味でも今のうちに相続しましょう。


開導会体験談 ②

私は去年の9月になるまで、過去5年間にわたって頭に熱がこもるような奇妙な症状に悩まされていました。体は平熱なのですが、頭だけが常に37度くらいの熱を持ち、昼間は頭がぼうっとしますし、夜は2時間おきに目が覚めてしまい、怖い夢も見てよく眠れません。何軒かお医者様にも診てもらったのですが、特に悪いところはないと言われ、辛い症状を抱えながらもどうすることもできませんでした。

 そんな中、去年の9月4日に、同じ部のご信者さんの手術が行われることになり、その成功を願って別院にてお助行をすることになりました。お助行は朝から始まり夕方まで続き、御講師をはじめ多くの皆さまが参加されました。私も10時から4時まで皆さまと一緒に、休むことなく一生懸命お看経をあげさせていただきました。年齢的にはもう若くない私にとっては大変なお助行でした。

 その後疲れが出たのか、次の日から肩の張りが取れず、熱が出てきました。2日後に整形外科に行き診てもらうと、肩の張りは疲れのせいでしょうとのことでした。念のためレントゲンを撮ると、脊髄が少しずれていて、炎症をおこしているかもしれないことがわかり、早速飲み薬と湿布薬を頂いて帰りました。

その日の夜は、お医者様に言われた通り、ずれがあるという脊髄の辺りに湿布を貼って休みました。いつもは2時間おきに目が覚めてしまうのに、その夜は10時から翌朝6時まで夢も見ずにぐっすり眠ることができました。

 翌朝目が覚めると、なんとあれほど悩まされていた頭の熱もすっかり引いていたのです。肩の張りもいつの間にか治っていました。これには本当に驚きました。きっと元々脊髄のずれのせいで生じた熱が頭に上がってきていたのでしょう。これまで診てもらったお医者様では分からなかった原因が、今回のお助行のおかげで判明したのです。もしあの日のお助行に参加していなかったら、私は今でもあの辛い症状に悩まされていたことでしょう。

他のご信者さんへのお助行は、実は私自身へのお助行だったのです。私はこれは偶然起きたことではないと確信しています。御法様からの御利益だということを感得したのです。やはりご信心は素晴らしいものです。他の人のために願うことが、必ず自分自身に返ってくる。改めてご信心というものを教えて下さった御法様に感謝の気持ちがあふれてきました。これからもご信心を続けて行きたいと思います。よろしくお願い致します。(A.O)


開導会体験談 ①

以前から受持御講師に、甲のお席を受けてみてはと言われておりましたが、すぐにはご返事ができませんでした。乙の御講を受ける際、アパートの住人にお願いに行っても嫌な態度をとられ、その都度苦痛になっていました。甲御講は、人数も多いから、絶対に無理と自分にかんぬきを入れてきました。

そんな時、目黒連合の大先輩が甲の御講は、沢山のご信者さんたちの御題目をいただけるから、御法様もお喜びになるし、私は毎月御講を受けるようにしていると励まして下さり、総務局の皆様からも、応援のお言葉をいただきました。教化親に相談しました処、御講師や皆様達が応援して下さるのだからお受けしてみたら、と言われ決心致しました。

あとは御法様におまかせさせていただき、12月19日当日を迎えました。その日は晴天で暖かく、大勢のお参詣をいただきました。お受けするまでは大変だっただけに、喜びもひとしおで、涙が止まりませんでした。終わった後、住人の人たちに恐る恐る挨拶に行ったところ、先祖を大切にするのはとても良いことだから、これからは遠慮しないで下さいと言われ、驚きとともに大変うれしく、心の中で御法様にお礼を申し上げました。

ここにいたるまで御講師、教化親をはじめ、皆様のご協力をいただき、素晴らしい御講を務めさせていただくことができました。本当にお受けして良かったと感謝の気持ちで一杯です。また、教区内で下種をたくさんされている御夫婦が、5月に初めて甲御講を受けますとおっしゃって下さり、二重の喜びでした。下目黒教区は、去年今年と3人が新たに甲の席主になりました。大変にありがたく、これからもたくさんの席主が増えてくれたらと願っております。(T.N)

 


門祖会体験談 ②

 長男についてのお話をさせていただきます。私は23歳の時、第一子となる長男を出産しました。妊娠8ヶ月で早産をしてしまい、息子は1300グラムで生まれてしまいました。出産した病院では未熟児に対する設備が不十分でしたので、息子は生まれてすぐに国立病院に搬送されました。その病院の主治医からの説明は聞くに堪え難いものでした。

 「この一週間は生きるか死ぬかは5割ずつです。たとえ5割の確率で助かったとしても、7割は何らかの後遺症が残ります。覚悟しておいて下さい。」と言われました。私は息子が退院するまで約3ヶ月間、毎日お寺参詣し、お供水をいただいて母乳を搾り、息子に届けることが日課になりました。その御利益で息子は一命を取り留め奇跡的に後遺症もなく、元気に退院することができました。

 現在、息子は高校1年生です。息子の強い希望でスイスにある高校へ留学しております。留学先の学校は全寮制で、食事以外は掃除洗濯など全て自分でしなければなりません。寮は1部屋に高校1年生の息子と2年生、3年生の3人部屋です。単身で日本から12000km も離れた息子の事を考え、懐中御本尊をお供させていただきました。

 渡航後、息子よりメールが届きまして、内容は驚くものでした。何と「同室の日本人の先輩も僕と同じ懐中御本尊をお持ちしているよ。」とのことでした。聞けば大阪の清風寺のご信者さんでした。私は息子が御法さまにお守りいただいていると確信し、感謝のあまり涙が溢れました。息子はまだ16歳ながら何度も現証御利益をいただいております。息子には将来何の職でもいいので、社会貢献できる、魂の強い成人になってほしいと願っております。

 最後になりましたが、未熟な私にいつも沢山のことを教えて下さり、皆さまに深く感謝しております。そして私を娘のように接してくれている主人の母にはとても感謝しております。母は佛立宗の素晴らしさや大切さを実体験に基づいて話してくれます。私も将来、母のような女性になりたい、そう思います。これからも、常に感謝の気持ちを忘れず、佛立宗について学び、知識を深めたいと思っております。(C.O)

 

 


門祖会体験談 ①

私が本門佛立宗にお出会いしましたのは、縁あって嫁いでからのことです。母は数々のお役をいただき、また常任のご奉公等、本当に前向きなご奉公をさせていただいたと思います。母の信心前を見習い、すべてを引き継いでいきたいと思い、嫁いで間もなく、いずみ会、婦人会のご奉公等をさせていただきました。母は「しっかり私を見ててね」と、いつも笑顔で優しく導いてくれ、二人三脚でご奉公をさせていただいたお陰で、今の自分があります。知らず知らずの内に育成していただいたと深く感謝しております。

 母は昨年、92歳で旅立ちました。晩年、間質性肺炎を患い入院しましたが、関わるすべての方々に「ありがとう」の言葉を言っておりました。特に看護師さんたちからは「母が傍にくると心が癒される」と言われて、とても大事にしていただきました。その間、私共が希望していた在宅医療が実現し、温かな医師に巡り会うことができ、自宅療養となり、家族中で一緒の時を過ごすことができました。「ママ、いつもありがとう。私のような幸せ者はいないね」と言ってくれました。普通、間質性肺炎は非常に苦しむとのことですが、その様なこともなく、静かに寂光へ・・・それはそれは、昔に戻ったかの様に若々しく、光り輝く母の姿でした。

 御法さまのみ教えを素直正直にいただき、思いやりの心を持って生きることが佛立信者の基本であると教えられたことを、母からの最大の贈り物と心に刻み、少しでも近づける様日々、信心改良、信心増進に努め、ご奉公に精進させていただきたいと思います。そして、今度は自分が子供達に伝えていきたいと思います。 (Y.T)


寒参詣体験談④

つい2週間前の15日、待望の新居へ無事に引越しする事が出来ました。本日はその転居の際に頂いた御利益談をご披露させて頂きます。

私は平成10年より17年間、世田谷区にある都営住宅に住んでおります。以前から、この都営住宅を含めた周辺の建物の老朽化が進み、地区一帯の防災機能の強化が求められていました。

そして5年ほど前から私の住む都営住宅の新築工事が始まりました。途中、平成23年に起きた東日本大震災の影響で、工事関係の業者が被災地へ支援に向かわれていた為、工期は最初の計画よりも延長されました。

当初は「昨年(平成26年)の9月に入居」という計画でしたが、工事の延長により「今年(平成27年)の1月に入居」に変更との発表がありました。昨年、「年内に引越し出来る、新しい住まいで新年を迎えられる」と思っていた事が変更と聞かされた時は、少し残念でした。

しかし、それを引きずっていては先に勧めません。入居予定は延期になりましたが、今後の生活がより良くなるかを決める「部屋の抽選」が始まりました。私がこれから住む建物は8階建てで、他よりも高齢者の世帯が多いのです。

その為、1階を希望される方が多かったのですが、私は、幸いな事に、毎日50分歩いてお寺にお参り出来るほどの丈夫な体を頂いております。そこで、今後の事も考えた上で、階段の上り下りが少し出来て、ちょうど軽い運動になる様な「3階ぐらいの部屋が当たって欲しいな」と心の中で願っておりました。

願い事はこれだけではありません。部屋の向きも重要です。公園側の西向きですと、暑さに弱い私にとって夏は厳しい闘いとなる為、一番良いと云われる「東南向きの部屋が当たって欲しいな」とこれも心の中で願っておりました。それでも抽選ですから西向きになる可能性も十分覚悟していましたが、なかなか諦める事が出来ませんでした。

7月の夏期参詣中、その2つのお願い事が叶います様にと、今まで以上に開門参詣に気張り、必死に祈願成就に向けて信行させて頂いておりました。その結果、部屋は自分の希望通り「東南向きの3階」が当たったのです。このお計らいを頂いて喜びの中、夏期参詣を皆参する事が出来ました。さらに引越しに関しても早い時期から完成していたいくつかの建物は、建物周辺の設備が遅れている為に、引越しの出来ない状況でしたが「私の住む3号棟から引越し出来る」という御利益も頂いたのです。

私は以前と比べてお参詣に気張る様になりました。「改良させて頂くと、物事がうまくいく」という御利益を頂き、そして「色々な場面で良い方向に向いている事が多く感じられる」様になりました。今後はこのご恩に報いるべく、御奉公に気張り、御法の為に尽くさせて頂きます。ありがとうございます。(T.U)

 

 


寒参詣体験談③

この一年間、五反田連合では毎月一回教化道場を開催させて頂いております。無事にお教化が成就します様にとの思いで御講師と誓願者が毎回一時間のお看経を上げさせて頂いております。十月に入りまして、小山教区三部所属の方が亡くなられましたとの連絡を頂き、葬儀のご奉公をお願いされました。

この方は甲御講の願主で、ずっとお一人暮らしでした。「喪主はどなたですか?」、「法灯相続は無理では?」と思いながらお通夜に参列致しました所、ご親戚の方から、養女となられた次女の方を紹介され、喪主をつとめますとの事でした。

 私は早速「ご回向をさせて頂くには このご信心しかないので、貴女が引き継いでこのご信心をなさって下さいね」とお話ししました所、「何も分かりませんので教えて下さい。よろしくお願い致します」とのお返事を頂きました。私は嬉しくて告別式の日に入信書を持参し、丁度三部の部長さんも参列されており、葬儀の合間に入信が決まりました。

 次女の方のご主人のお名前で入信書を書いて頂きましたが、後日次女の方より「私がご信心を一生懸命にさせて頂きます。御講願主も私がさせて頂きます」との申し出があり、育成の第一歩が踏み出せたと大変随喜致しました。このお教化で小山教区は教化三戸成就の目標を達成する事が出来ました。今後もご奉公に頑張らせて頂きたいと思います。(H.S)


寒参詣体験談②

昨年の4月、主人は88才の天寿を全うしました。主人は数年来、脊椎の病気を患い、臥せっている時が次第に多くなり、起きるのは週に一回病院へ治療に行く時位になっておりました。それでも気分の良い時には御宝前の前に座りしばらくお看経をあげている事もよくありました。

 聞くところによりますと、この病気は常に痛みにおそわれ、本人も又家族も大変つらい思いを強いられるそうですが、主人の場合はたまにはつらさを訴える事もありましたが、比較的平穏に過ごしている事が多くありました。看病する身にとっても大変有難い事でした。

 ところが、一昨年の11月に右の肺にガンが出来ているとの診断を受けました。高齢であり体力も衰えている事でもありますので、医師の見解と家族の気持ちを考え合わせ、本人には告知せずにこのまま安らかに時を過ごしてもらったほうがいいという結論に達したのです。従って、手術や抗ガン剤の投与などはせずに在宅医療医師の世話になりながらこのまま家で過ごして貰おうという事にしました。

 そして昨年の4月20日家族に見守られながら寂光へと旅立ちました。主人のいなくなった後、今までの色々の事柄が頭に浮かんでまいります。それにしても、病弱だった主人はあまりお寺参詣や御講参詣にも出られず、ご奉公も殆んどさせて頂けなかったのですが、病気療養中もそれほど苦しむ事なく又、臨終も穏やかな表情で旅立てたという事は実に有難い事と改めて感謝しております。

これも主人が御法様を信じてお任せしていた結果だったと感謝させて頂き、有難さが身にしみてまいります。この上は主人の遺志を受け継いで御法様をお持ちさせて頂く所存です。ありがとうございました。(T.E)