精進の徳

御教歌:よしあしを 世のうき草と よそにして たゆまずのぼる 法の川舟

 船が川下から川上に上る時、川にはえている「よし」や「あし」などの浮き草に気をとられることなく、ひたすら、たゆみなく上流を目指して船をこいでゆきます。世の毀誉褒貶に一喜一憂せず、ご弘通一筋の道を歩み続けることが肝心です。

 朝詣りにしても、それが身について喜びとなるまでには月日がかかります。「いやいや、こつこつ、にこにこ」の繰り返しで、家を出る時には気がすすまなくとも、お寺で口唱と御法門聴聞して、仲の良い信者と雑談、帰りぎわには喜びに満ちあふれる場合があります。自分の怠け心に打ち勝って御参詣の喜びを感得致しましょう。

 およそ人の世の幸不幸は、人と人とが出会うことから始まります。よき人との出逢いは幸運をもたらします。よき人とは佛立菩薩道を実践している人です。たえず、信心を励ましてくれる人との付き合いは大事にしましょう。信心は生きもの、一寸の油断もできません。休むと休みぐせが付きやすいです。

 信心には横の面と縦の場合とがあります。横とはお互い同信のつき合い。信者同士のつき合いは長いですからそれだけに、一回一回、礼儀正しく丁寧に、言葉や態度にも気配りが大事です。家庭内のことや自尊心を傷付ける言動は避ける、過去の暗い出来事にはふれない、などの配慮をせねばなりません。案外、人には言われたくない、見られたくない所があるものです。

 古人に、「裏を見せ表を見せて散る紅葉」という歌がありまして、常に物ごとには表と裏、相反する両面が存在します。美しい面ときたない面、人の幸せを喜ぶ心と人の幸せを妬む心、勝てば官軍 負ければ賊軍、というのもあれば、負けるが勝ち、損して得取れ、すべてをつかめばすべてを失う、失敗は成功のもと、などどちらも大事でして、物事は一方的に結論を出すわけにはゆきません。お互い御同前は、信心という土俵の上で物を考え、話し合い、実行しましょう。土俵からはずれると具合が悪いです。

 御教歌:講中を たがひにすゝめ はげまして 御恩報じの 奉公をせよ

 また、縦の関係とは御宝前と自分とのことです。佛さまの無限の慈悲や恵みを拝受するという信心前が大事。冥の照覧を信じて、蔭日向なく御奉公に精進、地道で真面目な努力、善因善果、悪因悪果を心得てよい種まきに努めましょう。

 御教歌:大かたは 人めつゝしむ ばかりにて 冥の照覧 おもはざりけり

 ところで最近は命の大切さが叫ばれております。かけがえのない尊い命。一回しかなく逆もどりできない命ですから、一日一日を大切に輝いて生きることです。今日より若い日はありません。たとえば六十歳になったら六十歳の新入生。失ったものを数えるより、残った時間を生かしましょう。恨みは川に流し、恩は石に刻むことです。過ぎ去ったいやな思い出にひたるより、新しい人生を切り開きましょう。

 「鶴は千年、亀は萬年。我は天年」でして、天年とは天が与えてくれた命を全うすること。毎日、自分なりに信心の歴史を築きあげてゆく、日々を楽しんで御奉公させていただいて下さい。

 「講中の御奉公というは、御講つとむると、参詣と、講内の折伏と、毎日の御看経と、助行とに身を労し、心を尽すより外御弘通の御奉公と申ことはなきものをや」                   (名字得分抄・下 扇全14巻149頁)

 

 

 


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