因中に果あり

ヨーハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラードイツの詩人、シラーの詩に次のような一節があります。

時の重みは三重である。
未来はためらいながら近づき、
現在は矢のように早く飛び去り、
過去は永久に静かに立っている。

時は、過去から現在、現在から未来に、一瞬の休みもなく動き続けます。私達は時の流れのなかに翻弄されております。確実に、ためらいながら近づいてくるのが死をも包む時です。

一瞬一瞬、死に近づいております。それを自覚すればする程、生きることの尊さ、すばらしさをかみしめねばなりません。今日の一日は永遠に帰ってこない一日です。その意味で、永遠なる今日です。

この世のなかを見捨てず、長い目で人生を熱愛するその心持ちがこめられております。厭になった・嫌いになった・つまらなくなったと見限ってはいけません。

私達の人生を四つの段階に分けることが出来ます。
一、この世のなかへの誕生です。
二、自己を認める青春期です。
三、社会人としての役割を果たす時期。
四、人生の最終地に開放された自己の誕生。

この時期に老いと死とを経験します。この間に、人から受けた自己と人に与えた自己とがあります。特に人の為につくす自己でありたいです。利害を離れて、自分以外のものに自分を献げる、という習慣を持ちつづけていかねばなりません。

たとえ、小さなことであっても、周囲の人に役立つ仕事を持ち続けることが、その人にとって幸せです。私達の御奉公は菩薩行です。

「上求菩提、下化衆生」と申しまして、絶えずみ仏の教えを求める一方、それを周囲の人に説きすすめることです。すすめかたを上手にすることです。これが当宗の信心です。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください