座の位置

入口ふさげば一人で満員、という標語がある。うまい表現と思う。乗り物(バスとか電車)を利用する人の当然な心得である。 

お講席やお寺の本堂で、入口に座を占領したら、あとからお参詣する人のために迷惑になる。全体のことを考えて座の位置をきめるという、バランス感覚をもってほしいものである。お講席は、導師を中心にしてこれを原則として、人員が多くなれは、次第にその後に続けばよろしいもちろん部屋の広狭・御宝前(御戒壇)の位置による。 

太陽(朝日)がさしてくる側、手洗いの場所、床の間の有無など、いろいろのことを配慮した上で、御戒壇の位置をきめる。その精神は、あくまでもその部屋の最も上座におくということが大切である。 

旅館に泊まった方は、気がつかれると思う。テレビの位置、床の軸物を背にした座る位置、お給仕の出入りする入口、これらがよく考えられていて、調和を失なわぬようになっている。妙講一座の第二段には、御本尊の儀相が説かれていて、諸仏諸天の座の位置が、はっきり定められている。 

宝塔が虚空にあらわれて、その中央に妙法蓮華経。その左右に、釈迦・多宝と明示されている。釈尊の脇士は、上行等の四菩薩がひかえ座しておられる。 

文殊・弥勧菩薩は、更に末座に位置しておられ、迹化他方の菩薩方は、虚空に位置してはいない。大地に処を指定されるといった儀相があきらかにのべられてある。これが秩序というものであろう。

日頃から座の位置を少し考えて、折り目正しい日本の伝統を、みつめ直してほしいものである。

昭和57年11月発行 乗泉寺通信より


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