現 証

御利益は、仏様の「めぐみ」ですが、その御利益にもいろいろの種別があります。無事息災の御利益もあれば、病気全快、心願成就、商売繁盛の御利益もある。また私どもの五感に感じない御利益もありましょうし、信心増進という御利益もあります。その中で現証の御利益という場合は御法の真実なることを証拠だてる御利益ということになります。

自分ではどうにもならないとき、けっこうな御利益をいただいて窮状が打開されれば、なるほどこの信心はありがたい、身も心もおまかせしても安心だという決心がつく、それは御利益のために信ずる心になれたわけで、その御利益を現証の御利益というのです。ですから現証の御利益とは信心を起こしたり、堅固にするためにあらわれる御利益とも申せましょう。

世間には議論で問題の解決ができると考えている人が多いのですが、実際は議論で解決のできない事柄の方が多いのです。議論を重ねるとだんだん紛糾し、感情的に対抗するばかりですから、なるべく事実を示して解決する工夫をする方が賢明です。右と左、資本家と労働者、宗派と宗派の問題など議論できまったことはおそらくありません。議論より実行し、事実で証明するにかぎります。「論より証拠」でなければ真の力にはならない。

ですから信心のよさを人に伝えて折伏教化のご奉公を志す場合、信心のよさを生活とか商売とかのしぶりを通じてあらわすよう心がけることが肝要で、その現証に訴えてこそ、当宗の信心を真に世人に納得させることができるのです。

日晨上人要語録より


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